宮廷のみやび『御堂関白記』2008-02-07

2008/02/07 當山日出夫

CH77研究会の翌日……朝、チェックアウトして、上野の東京国立博物館に行く。目的は、「宮廷のみやび」展。幾分の専門知識のある人間にとっては、京都の近衛家の陽明文庫の展覧会、と言われたほうがよく分かる。

朝一番に行ったのだが、すでにかなりの人がいた。どうやら、お目当ては、『御堂関白記』(自筆)のようである。私として、自筆本の『御堂関白記』に興味が無いわけではないが、展覧会全体をみわたして、重要だと思ったのは、その後世の写本の存在である。

陽明文庫(近衛家)に限らず、時雨亭文庫(冷泉家)についても言えることだと思うのだが、これらの「文庫」は、今でいえば、「アーカイブ」である。

この視点から見ると、その目的は、

第一に、実物を残すこと。したがって、『御堂関白記』や『明月記』などの自筆原本が、今に保存されている。

第二に、そのコピーを作って保存すること。例えば、『明月記』の旧来の活字本(3巻)は、自筆本に依拠したものではない。これは、資料(史料)としての価値をおとしめることではなく、むしろ逆に考えてみたい。なぜ、『日記』(公家の漢文日記)を、写本して残してきたのか。

この第二の意味において、陽明文庫は、アーカイブであると考える。また、藤原定家の仕事(王朝文学作品の校訂書写)も、アーカイブと言えるであろう。

これまで、このような視点からの考察はあまりなかったように思うが、私の不勉強なだけだろうか。より古い写本、あるいは、自筆本があれば、そこに研究者の目が集中してしまう。

だが、それと同時に、写本というような多大の労力をはらって、漢文日記を保全してきたのか、その価値観について考えてみることも必要だろう。この視点からは、なぜ、『御堂関白記』の自筆原本は残っているのに、『源氏物語』の原本は失われてしまっているのか……という問いかけに発展する。(ここで『源氏物語』については、原本と称して、自筆と書かなかったのは、理由がある。本当に、紫式部が、全部を、オリジナルな作品として、自筆で書いたかどうか、このところは、まだクリアされていないと思うから。)

ともあれ、アーカイブという視点から見たとき、ほとんどの観客が素通りしてしまっている、後世になってからの、『御堂関白記』写本の方に、私としては関心があったし、これは、一つの発見であったと感じる。

今年は、源氏物語1000年紀、京都文化博物館でも展覧会が予定されている。単純に、1000年をさかのぼるのではなく、その継承とアーカイブという視点から、いろいろと考えてみたいと思っている。

當山日出夫(とうやまひでお)

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