『言葉と科学と音楽と』2008-05-04

『言葉と科学と音楽と』

2008/05/04 當山日出夫

出版社で選んで本を買う、ということは、あまりない。が、なかには、この出版社なら、という場合が、まれにある。現在であれば、人文学系においては、藤原書店が、その一つかもしれない。

このような出版社の一つとして、かつては、北洋社があった。私が持っている本では、『ロシア的人間』(井筒俊彦)、『戦艦大和ノ最期』(吉田満)。『戦艦大和ノ最期』は、出版の経緯があって、いろいろ異本がある。北洋社版は、その時点において(つまり、私が学生のころであるが)、著者の眼を経た決定版ということになる。

で、『言葉と科学と音楽と』。谷川俊太郎と内田義彦の対談集。まさに異色の組み合わせである。

内田義彦は、今でも岩波新書で本が読める(はず)である。『社会認識の歩み』『資本論の世界』など。学生のころに読んだ。しかし、今の、若い人たちにとっては、疎遠な存在であろう。

谷川俊太郎は、いまでも、知られている。私にとっては、アニメ「鉄腕アトム」の作詞者であり、また、『死んだ男の残したものは』がいい。なお、『死んだ男の残したものは』は、いろんな歌手が歌っているが、私のおすすめは、石川セリ。この作曲は、武光徹。

石川セリを歌手として知っていることは、ある時代をしめしているのだが、話しをもとにもどして、『言葉と科学と音楽と』。

1980年から82年にかけて、『広告批評』に掲載された、3回の対談を集めたものである。「音楽 この不思議なもの」「広告的存在としての人間」「にほん語が言葉になるとき」、からなる。そのなかで白眉というべきは、第2章にあたる「広告的存在としての人間」。

今、インターネットの時代になって、広告は大きく変わろうとしている。TVCMや新聞広告にかわって、インターネット広告(特に、グーグルとアマゾン)の存在感が、圧倒的な強さを感じさせるようになってきている。このようなことは、言うまでもあるまい。

だが、このような広告のメディア激動期にあって、人間の表現行為としての広告をとらえている。ここで語られる内容は、今でも、十分に価値がある。また、人間の消費行動の意味もとらえている。

何故、人は「や~き~い~も~」の、売り声を聞くことによって、焼き芋を買うのか。生活のための、食料確保ではない。焼き芋のシーズンになって、焼き芋を食べている自分、そのために買っている……と、指摘する。

広告論、表現論、メディア論……総合的に、これほどの考察が、今から、20年以上も前になされていたとは。

『対話 言葉と科学と音楽と』.谷川俊太郎・内田義彦.藤原書店.2008

當山日出夫(とうやまひでお)