『甘粕正彦 乱心の曠野』2008-07-04

2008/07/04 當山日出夫

佐野眞一は、緻密なノンフィクション作家である。が、その緻密な文章を読んでいて、ふと、いままで見過ごしてきた、何かに気づかされることがある。

例えば、大宅壮一ノンフィクション賞の『旅する巨人』、これは、宮本常一の評伝である。だが、一方で、「日本民俗学」という学知の成立について、あらためて考えさせられる本であった。

また、そう言われてみれば、すぐにわかることであるが、『忘れられた日本人』所収の「土佐源氏」……この文章の「虚構」は、ナルホドと思ってしまうのだが、指摘されるまで、気づかなかった。それほど、宮本常一の語り口のうまさなのであろうが。たぶん、この「語る」という行為、そして、その文章化への反省なくして、「日本民俗学」の超克はありえないだろう。(このことは、柳田国男・折口信夫を、おもいうかべて記している。)

ところで、『甘粕正彦 乱心の曠野』。最初に出たとき買おうと思って、なんとなく買いそびれていて、このたび、ようやく読んだ次第。

この本で印象的なのは、二つの点。(この場合、いわゆる、大杉栄殺害の件は別にしておく。)

甘粕が理事長をつとめた「満映」という会社があったということ。そして、その人脈につらなる映画関係者が、戦後、東映に集まり、その一つの結実が、いわゆる「東映ヤクザ映画」にかかわっているということ。映画はかなり見たが、映画史には疎い私にとっては、これは、一つの新たな歴史を勉強したことになる。なお、このことは、買っただけで本棚においてあった、『『仁義なき戦い』を作った男たち-深作欽二と笠原和夫-』を、取り出してきてみると、これに関する記述がある。甘粕正彦への記載もある。(ただ、この本では、甘粕正彦が、大杉栄を殺害したとして、記載してある。)

そして、もう一つは、上記の発展した論点として、「満州国」というものの存在について、考える必要性を強く感じたこと。満州国の理想「五族協和」「王道楽土」とは、いったい何だったのだろう。

甘粕正彦は、満映の理事長にしてすぐに、大規模な人事改革を行い、「日本人」と「中国人」の賃金格差の是正を行っている。(ただ、これが、「中国人」の側から見てどうであったかは、別の問題であるが。)

なお、著者(佐野眞一)こう記している。

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満州から伸びた巨大な影は、国内に影を落としているだけではない。(中略)甘粕という比類なき個性が、闇のなかから照射したかすから光を頼りに描いた日本とアジアの近現代をめぐる陰影の物語である。(p.23)

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日本の映画史のなかで、甘粕正彦という人物が、客観的に位置づけられるようになるには、今後、一世代は必要であろうと、おもう。

佐野眞一.『甘粕正彦 乱心の曠野』.新潮社.2008

山根貞男・米原尚志.『『仁義なき戦い』をつくった男たち-深作欽二と笠原和夫-』.日本放送出版協会.2005

當山日出夫(とうやまひでお)

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