『青い山脈』(2)2008-07-06

2008/07/06 當山日出夫

『青い山脈』を読みなおして思うことのつづき。

なぜ、「変しい」(=恋しい)「脳ましい」(=悩ましい)であるのか、という点。別に、単に学生の偽ラブレター事件だけを話題にするのであるならば、かな表記で「こいしい」「なやましい」であっても十分なはず。

「恋しい」を「こいしい」(あるいは「こひしい」)と書いたのでは、ラブレターにならないのであろうか。そんなことはない。

また、あえてこの偽ラブレターに誤字を使用する必然性も、小説を書く立場からすれば無い。ただ、小説全体に、ある種のユーモアを与える効果があることは確かである。石坂洋次郎の小説にとって、このユーモアの要素は、非常に大事。

だが、昨日も書いたことだが、島崎先生は、生徒が黒板に書いた文字の誤字を指摘している。

ここにある価値観は、やはり、

《漢字を知っている=知識がある=正しい判断能力がある》

という構図になる、と私は読む。これはこれで、ひとつの価値観ではあると思う。

以下、ここで私なりに思うことは……いま、我々が本当に問題にしなければならないのは、「漢字の読み書きが正確にできる」ことの無条件の価値観への反省である。むしろ考えるべきは、「日本語を書くときにどのように漢字をつかうべきか」、であると考える。そして、そのなかには、「かなづかい」や「おくりがな」の問題も、当然、ふくまれる。

また、石坂洋次郎自身が、書いている。「変すい」の仮名の部分「すい」について、会議では誰も問題にしなかった、と。このあたりは、小説家としての石坂洋次郎のうまさである。メタレベルの作者の目がある。「かなづかい」のあやまりを無視して、漢字の書き方が間違っていることだけをあげつらっている、登場人物たちを、さめた眼で見ている。ここでしめされた、石坂洋次郎のメタレベルの作者の目こそ、いま、必要なのであると、思う。

當山日出夫(とうやまひでお)

新常用漢字:『遠い「山びこ」』2008-07-06

2008/07/06 當山日出夫

漢字のことを考えながら、新しい研究書を読むよりも、何故か、古い本に手がいってしまう。

佐野眞一.『遠い「山びこ」-無着成恭と教え子たちの四十年-』(新潮文庫).新潮社.2005.(オリジナルは、1992.文藝春秋)

さらにさかのぼって、オリジナルの『山びこ学校』にも言及すべきであろうが、まずは、この本から。

この本に記載のある記述が、どうしても心に残っている。

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自分の名前を漢字で書けない子供が五人もいる。(p.22)

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無着成恭が、山元中学に赴任したのが、昭和23年。戦後まもなくの日本人のリテラシについては、いわゆるGHQ調査が、あまりにも有名である。このことについては、実際に調査に従事した金田一春彦先生から、授業中に、雑談として、様子をきいた経験がある。自分の名前だけは書けた、おばあさんの話しである。同じ話を教室で聞いた、私と同年配の日本語研究者は多いと思う。

昭和23年の、東北の貧しい山村の子供たちの、リテラシは、実際どうであったのだろうか。たしかに、『山びこ学校』は、すばらしい作文集である。だが、その結果だけを見るのではなく、それ以前の、子供たちのおかれた状態を知っておくべきである。

ここで、思うことは、これが、「旧字・旧仮名」で実現できたであろうか、ということ。無着成恭は、表音仮名遣い主義者であった。また、重要なことは、無着成恭は、社会科の教員であったこと。『山びこ学校』は、国語教育の産物ではない、ことである。

自分たちのおかれた生活の状況を、自分のことばで表現すること、このことと、戦後の国語改革、あるいは、民主化への様々な動きは、無縁ではない。流れとしては、戦前からの、生活綴方ともつながるかもしれない。しかし、戦後の「国語教育」のなかでは、おそらく『山びこ学校』は、成立しえなかったであろう。「社会科」という新しくできた科目があったからこそ実現できた。(ただ、それだけではなく、奇跡的な様々な要因があったことは、佐野眞一が指摘している。)

「漢字」や「仮名遣い」について論じるとき、学校教育において、「国語」という科目のなかだけで考えるのではなく、「社会」という科目(さらには、「理科」という科目)のなかで、観察し、考え、表現する、という発想からも、考えねばならないと、思う。

當山日出夫(とうやまひでお)