ARGカフェ:専門性とはいったい何だろう2008-07-14

2008/07/14 當山日出夫

さっそく、ARGのブログ版に、多くの人が感想を書いている。岡本さんも、指摘のとおり、

>>>>>>

インターネットにおける学術情報に対する評価の仕組み

だと思う。ここのところを変えないと、インターネットによる個人の学術情報発信(敢えて過激な言い方をすると)研究者の中でも「好事家」、或いは一般人の中でも「自称専門家」の枠を出るものにはならないのではないだろうか?

Traveling LIBRARIAN -旅する図書館屋

http://d.hatena.ne.jp/arg/20080714/1215969390

http://d.hatena.ne.jp/yashimaru/20080713/p3

<<<<<<

である。

情報発信しない研究者もいる。それは、それでかまわないと思う。しかし、だからといって、情報発信している研究者が、単なる「好事家」と見られる時代は、終わりにしないといけない。いや、一部、そうなりつつあるとは思う。

ただ、それが、査読つき論文のような形式的な「業績評価」とは、また違ったかたちでの、役にたつかたたかないかの「評価」である、ということだと思う。

私の専門分野とは全然ちがうが、私の知る限り、日本において、昆虫の標本採集などは、完全にアマチュア(市民的専門家、アカデミズムに所属していない)の分野である。

私が発表の中で言及した、小形克宏さんは、フリーの立場でいる。しかし、そのブログ「もじのなまえ」は、おそらく、将来になってから、今の日本の漢字研究をするときの、最重要な資料になるにちがいない。

「自分しか書けないものを書く」、そして、その内容・質が、アカデミズムと市民的専門家の壁を超えていく原動力になるにちがいない。それこそが、真の意味での、「専門性」というものであると考える。

當山日出夫(とうやまひでお)

『インターネットは民主主義の敵か』2008-07-14

2008/07/14 當山日出夫

この本、出たときに買って、そのまま書棚のなかにおいてあった。最近、再び目にしたのは、先日のARGカフェでの、パワポの画面。ブログ「図書館情報学を学ぶ」で、とりあげられていた。

図書館情報学を学ぶ

http://d.hatena.ne.jp/kunimiya/20080712/p1

この本それ自体についての、紹介は、上記のブログで適切になされている。私は、これまで、「みんなこの本を読んだうえで、インターネットについて論じているにちがいない」と、勝手に思い込んでいた。だが、そうでもないらしい、ということを、この頃、感じるようになった。

さきにとりあげた、『ウェブは菩薩である』についても、評価は、わかれるかもしれない。

『インターネットは民主主義の敵か』を、読んでいることを、前提にして、そのうえで、やはり、インターネットでの情報検索(メタデータやソーシャルブックマーク)、パーソナライズについて、その利点と将来を論じる。

いや、そうではなく、『インターネット……』を知らなくて、インターネットについて、論じているだけ。

さあ、みなさん、いったいどっちなんでしょうか。

さらにこの問題は、『「みんなの意見」は案外正しい』で提示の条件のうち、「独立性」を、どう考えるかにも波及する。

それから、最近、あまり話題にならなくなった本であるが、

『グーグル・アマゾン化する社会』(光文社新書).森健.光文社.2006

も重要である。インターネットのなかで、自由に、自分の好きな情報を検索しているようでいながら、実は、「見えざる神の手」であやつられているだけのかもしれない……このような、自戒を、常に自らのうちに持っておくべきであろう。

これから、インターネットやコンピュータについて批判的な立場から書かれた本についても、順次、書いていきたい。(この類は、本屋さんで見付けると、なるべく買うようにしているので。)

當山日出夫(とうやまひでお)