新常用漢字:簡易慣用字体2008-07-18

2008/07/18 當山日出夫

このあたり事情は、明日のWSで、安岡さん、それから、小形さんの、発表によって、詳しく説明があるはずである。

http://kura.hanazono.ac.jp/kanji/20080719.html

安岡孝一 (新)常用漢字と人名用漢字と文字コード

小形克宏 (新)常用漢字は本当に必要か

とにかく、ややこしいのは、

・常用漢字(新字体がふくまれる)

・印刷標準字体(常用漢字外の漢字、約1000字について、基本的には康煕字典体=いわゆる旧字体で印刷、というもの。)

・JIS漢字(XPの「0208」までの第1・2水準、Vistaの「0213:04」では、第3・4水準までふくむ。)「0213」は「04」の改訂で、印刷標準字体に対応することになった。

・ユニコード(漢字については、主に、CJKの統合漢字と互換漢字の関係)

・人名漢字(これは、法務省の管轄)

これらの整合性をどうとるか、ということ。ディスプレイで見える字、活字(?)による印刷の字、これらと、手書きの字は、違うのである、という認識が、現代日本社会一般にひろがっていれば、あまり、問題はない。しかし、そうなっていない、いいかえると、杓子定規に、漢字の一点一画まで同じでないと気がすまない、という風潮になっていること。これが、社会の側の最大の問題。

そのうえで、さらにややこしいのは、「印刷標準字体」において、「許容3部首」(しょくへん・しめすへん・しんにゅう)が、設定されていること。また、「簡易慣用字体」が設定されていること。

祇園の「祇」の字(XPとVISTAで見え方が違うが)、「ネ氏」であっても、「示氏」であっても、どちらでもいいですよ、ということ。また、「鴎」についても、「区鳥」でも「區鳥」でも、どっちでもかまいません、ということ。

なお、他のブログなどを見ると、「常用漢字」は公文書用という発想がかなりひろまっているようである。確かに、公文書は、常用漢字と現代仮名遣いで書く。だが、実際の、行政文書は、常用漢字だけでは、機能しない。

逆に、(新)常用漢字になることによって、余計に混乱する字もある。「葛」である。東京都葛飾区と、奈良県葛城市は、絶対に妥協できない。

このあたりのことは、たぶん、

高田智和 常用漢字と「行政用文字」

で、話してもらえると思っている。

いよいよ、明日である。

當山日出夫(とうやまひでお)

『名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方』2008-07-18

2008/07/18 當山日出夫

この前、ARGカフェで東京に行くとき、京都駅で買ってしまった本。他にバッグの中には、本は用意してあるのだが、ちょっとした時間があると、つい本屋さんに、たちよってしまう。

たまたま目について、手にとったのが、タイトルの本。

この本は、一般の文章術・文章読本・作文技術の本ではない。広告コピーの書き方の指南書とでもいうべきものである。その「はじめに」にまず、こうある。

『文章は書くものではない 読んでもらうものである』

そして、第四部「発想の方法」には、こうある。

『人と同じことを思い 人と違うことを考えよ』

東京駅につくまでの間、読みながら、時折、ページを閉じて、考え込むことしばしであった。この本に書いてあることは、論文やレポートのみならず、パワーポイントでのプレゼンテーションにも、あてはまる。学会発表でも、まず、このような発想が根底に必要ではないのか。いままで、自分は、何をしてきたのだろう……いろいろと、考えてしまった。

たとえば、次のような指摘、

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いい文章ほど書くのは簡単ではありません。難儀なことに、書くこと以上に難しいことがありまして、それは読んでもらうことです。(p.15)

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学会発表などでは、この発表が理解できないやつはバカである、というスタンスをとることも可能である。しかし、もう、そういう時代ではないだろう。より多くの人に、自分の研究内容を分かってもらう(=読んでもらう)、こういう視点にたたなければならない、と痛切に思う。

だからといって、急に、自分のスタイルが変わるわけではない。だが、可能な限り、「読んでもらう」「聞いてもらう」という方向に、自ら変わっていければと、思う。(さて、明日は、どうなるだろう。)

鈴木康之.『名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方』(日経ビジネス人文庫).日本経済新聞.2008

當山日出夫(とうやまひでお)