『パソコンは日本語をどう変えたか』2008-09-02

2008/09/02 當山日出夫

このての本が出れば、まずは買っておかないといけない。で、買って読んでの感想としては、個人的には「さほど……」という印象。だが、悪い本ではない。

かつて、PC-9801を買ってきて、その時、オプションの「第二水準漢字ROM」を、筐体を開けてセットした(プリンタの方も同様)。そして、運の悪かったことに、PC-9801の方は、78JIS。しかし、プリンタの方は、83JIS、という環境で使ってきて……今にいたっている。

このような眼から見れば、「何故、一太郎(ジャストシステム)がはやったのか」「PC-9801とMS-DOSとの関係」など、いろいろと意見を述べたい箇所はある。細かく言えば、文字の規格と、実装フォントと、その実装の方法については、そう単純な歴史というわけではない。

私のような人間が読むと、記述の不足している箇所に、どうしても関心が向いてしまう。

ケチをつけていてもしかたがないので、いいと思った点をあげるならば、最終的な編集の視点が、人間と日本語とその表記、という方向でなされていることであろうか。この方向性のなかで、「ことのは(国語研)」も紹介されている。

総じて、パソコンが登場してから、日本語はどう変わってきたか(変わらなかったのか)、また、人文学研究において、それは、どのような影響を及ぼしてきたのか、このようなことがらについて、ひとつの「歴史」として記述する必要がある。すでに、このような時代になっているのだ、とは思う。

かつては、「世代」を区切るのは、「戦争」であった、といえよう。今、若い人々を含めて「世代」を区切る目印になるのは、生まれてからどの時点で、パソコンやインターネットがあったのか、ということかもしれない。

本のタイトルは『パソコンは日本語をどう変えたか』であるが、同時に、『人々は日本語とパソコンの関係についてどう考えてきたか』、も重要である。「新常用漢字」が、もし、情報機器への対応ということを考えているのならば、この歴史を掘り起こすことから、はじめねばならないだろう。ユニコードとの整合性が、どのように問題になるか(あるいは、ならないのか)は、歴史をたどりなおすことによってしか、答えは得られないともいえよう。

『パソコンは日本語をどう変えたか-日本語処理の技術史-』.YOMIURI PC 編集部.講談社.2008.(講談社ブルーバックス)

當山日出夫(とうやまひでお)

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