こじき2008-09-28

2008/09/28 當山日出夫

「こじき」といっても『古事記』のはなしではない。「乞食」(こつじき)の方である。

『ブログ論壇の誕生』(佐々木俊尚)と、一緒に、文春新書で出たのが、潮見鮮一郎の『貧民の帝都』。まだ、よみはじめたばかりだが(他に、書かないといけないものが山のようにある)、「乞食」とはいったい何であったのか。

私の概念では、「乞食」は、ある種の「職業」であり得た。潮見鮮一郎の考え方にしたがえば、そのような人々を、うけいれる社会があった。現代社会でいう、ホームレスの人たちとは、やはり、少し、対社会のかかわりにおいて、違うと感じるところがある。

今の学生に、「乞食」というのを見たことがありますか、「傷痍軍人」というのを知っていますか、ときけば、答えは、「ノー」である。私の個人的体験でいえば、子どもの頃、神社のお祭りにでもいけば、必ず、「傷痍軍人」がいたものである。たいてい、アコーデオンで演奏していた曲は、「戦友」であったと記憶する。

ところで、今は、かなり高く評価されている四国遍路。これも、高群逸枝の『娘巡礼記』(私が昔よんだのは、朝日新書版)を読むと、巡礼の人々は、「こつじき」である。映画『砂の器』を、思い出す。

ありふれた身近なものごとのなかで、突然、人々の意識に共有されていながら、姿を消すものがある。「乞食」もそのひとつかもしれない。だからといって、現代社会における、最貧困層の人々の問題がどうなるというわけではないであろうが。

それにしても、「天璋院様」が生きていた時代、江戸幕府の瓦解後、江戸・東京は貧民にあふれていた、というのは、おどろきである。

『貧民の帝都』(文春新書).潮見鮮一郎.文藝春秋.2008

當山日出夫(とうやまひでお)

やっとレジュメ完成2008-09-28

2008/09/28 當山日出夫

どうにか頑張って、10月12日の訓点語学会(於東京大学山上会館)の発表のレジュメを書き上げた。A4の紙で、ちょうど6枚。ウラオモテにコピーすれば、3枚でおさまる。

あと、2~3日おいて、見直しして、いさぎよくあきらめることにして、今週末か、来週の初めに、東大に送る。10日(金)までに、必着。でも、どうせ他の発表者も、そんなには早く送るはずはないだろうから、来週になってから、月曜の発送にしようか。

東大で開催になる以前は、「当日の早朝に会場に持参して下さい」だったのだが、事前送付で、荷物が軽くてすむ。ホンネをいえば、会場には、すでにパソコンが用意してありますから、プレゼン用のデータの入ったUSBメモリをご持参下さい、になると、もっと助かる。

でも、今回は、レッツノートは持っていかないといけない。

口頭発表のレジュメは、論文ではないのであるが……このごろ、ワープロでみんな書くので、ほとんど論文のような分厚いのが、封筒に、どっさりと入っている。私の経験の範囲では、さすがに、パワポのプレゼン資料プリントだけ、というのは、この学会ではない。

口頭発表のレジュメというのは、どの程度のものを準備するのが適当なのか、自分でもまだ迷っている。そういいながら、次週から、「アカデミック・プレゼンテーション」をテーマにした授業を始めないといけない。さあ、どうしよう、というところ。

當山日出夫(とうやまひでお)