活版を知る世代2008-11-14

2008/11/14 當山日出夫

おがたさん、コメント、恐縮です。

普通の人文学系の研究者のなかでは、私は、かなり「印刷」ということに興味・関心を持っている方だと思う。それで、文字のことをやっているのか、あるいは、若いときに、本を作る、という現場にたまたま立ち会ったせいなのか、たぶん、ニワトリとタマゴのような関係。

活版の印刷工場があって、文選・組版の現場に立ち会ったことがある、という経験がある(大学院のとき)。その後、数年を経ずして、活版が急激に姿を消し、写植(電算写植)に移行するのにも、たちあっている。また、自分で、版下原稿を、パソコン+レーザプリンタで作成して本にする、というものやっている。(自慢じゃないが、この分野では、草分け的な存在だと、多少の自負はある。『和漢朗詠集漢字索引』)。

また、活版印刷でも、日本では人件費的に無理。中国で、台湾で、という時代もあった。ある著名な出版社は、実は、その代理店の仕事をしていた、というのは、関係者に知られた話し。

パソコンが登場して、DTP(デスク・トップ・パブリッシング)という用語が使われるようになって、かなりの年月が経過している。しかし、実現しているかどうかとなると、本格的には、実は、これからかもしれない。

その一方で、すでに、電子ジャーナル・機関リポジトリなどが、話題になっている。

ついに、というべきか、情報処理学会が、完全に、ペーパーレスになる。紙の論文が無くなる。読みたければ、学会のHPから、PDFをダウンロードしてください(種類によって、無料・有料あれこれ)。

でも、PDFをプリントアウトして読むんだったら、ある意味で、ペーパーレスにはならない。余計なプリントアウトが増えるだけ。

また、問題は、図書館の蔵書検索には、対応しないこと。今、コンピュータやインターネットで検索されなければ、それは「存在しない」、に等しい時代。「存在しない」論文を、誰が書くんだろうか。

このような状況にあって、少部数の学術書出版、それから、図書館、の役割が問われることになる。

これは、本当の活版を知っている、おそらく最後の世代だから抱く感慨かもしれない。あ、それから、「ガリ版」もある。

余計なことかもしれないが、花園大学の「ミニミニ小説」のHPは、(小説の中身とは別に)、面白い。400字詰め原稿用紙のスキャン画像で載っている。

http://www.hanazono.ac.jp/info/20081020-365.html

応募方法を確認すると、形式は自由。ただし、電子メールでと、条件があるだけ。つまり、本人が原稿用紙をスキャンして、画像データ化して、添付した、ということだろう。

デジタルの時代になっても、原稿用紙は不滅である、かな。

當山日出夫(とうやまひでお)

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