DH国際シンポジウムの感想2009-03-04

2009/03/04 當山日出夫

先日の、第1回日本文化デジタル・ヒューマニティーズ国際シンポジウム、について、少しだけ感想。

結局は、自分自身の姿をどう認識するか、ということかな、と抽象的には思う。

たとえば、海外に「流出」したとされる、陶磁器の類。海外にあるものの多くは、輸出用に、相手向けの意匠でデザインされたもの。これを、日本の芸術作品といえるのかどうか。

浮世絵については、確かに、海外に、膨大なコレクションがある。では、なぜ、幕末~明治期にかけて、これらの作品が、海外に「流出」してしまったのか、ということ。逆に言えば、これは、浮世絵は、日本の国内において、どのように、消費されていたか、ということになる。シンポジウムで話しのあった、ボストン美術館、大英博物館、などは、ドロボーして持っていったというものではない。しかるべき商取引としてして、日本から出ていったものである。

また、シンポジウムで、重要かなと思ったのが、アイヌの例。現存するコレクションからは、
・日本(狭義のいわゆる日本人)から見たアイヌ
・ヨーロッパの人から見たアイヌ
・アイヌの人からみた自分自身としてのアイヌ
これらが、異なるということ。つまり、何をもってして、自分たちの文化、文化財、と考えるかである。

グローバルな中で、日本文化を考える、しかもデジタル技術によって、という場合、何をもってして日本文化、文化財、と見なすのか。その問いかけが実は一番の重要なポイントかもしれない。

當山日出夫(とうやまひでお)