発想の違う学会が連続すると2009-05-25

2009/05/25 當山日出夫

2009年5月23日 CH研究会(情報処理学会) 東京大学
2009年5月24日 訓点語学会 京都大学(京大会館)

学会が連続するぐらいは、これまでに何度もあったし、移動としては、
京都 → 東京 → 京都
である。さほど、疲れるというほどのことではない。

しかし、基本の発想が異なる会が連続すると、思考が混乱する。

CHや、DH(デジタル・ヒューマニティーズ、人文情報学)の方向から考えようとしている。この分野の関係者の間では、なんとか話しができるようになったとおもっている(完全に意見の一致があるというわけではないし、また、いろんな考え方があってよい。)

もはや、コンピュータは、空気のような存在であり、わざわざ「コンピュータ」の語を使用するまでもない、これが、「DH」という用語の背景にある、というのが、とありあえずの、私の理解。

このことにあえて自覚的であろうとするのが、デジタルにかかわるいくつかの研究会。その一方で、おそらくあらゆる研究分野で、すでに空気のようにあたりまえになっている、これからそうなるであろう、ということは、何となく感じる。

今、これから問題なのは、コンピュータやインターネット、ICT技術が、空気のような存在であることに、自覚的であろうとする人たちと、無意識のうちにその流れのなかにいるひとたち。このあいだの問題意識の違いかと思っているところである。

学知の継承は、その教授法とともにある、これは、かねてよりの私の持論である。デジタルは、この学知の教授法を変容させる。今回のCH研究会、この問題にかかわる研究発表がいくつかあった。詳しくは、追って書いていきたい。

當山日出夫(とうやまひでお)