『ネットがあれば履歴書はいらない』(2)2010-01-23

2010-01-23 當山日出夫

前日にも記したとおり、この本には重要な指摘が、さりげなく書いてある。

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これは新たな格差社会なのかもしれない。(p.116)

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学生を見ていて、つくづく思うことのひとつ。ケータイしかつかえない、という学生。これは、いったいどのように考えればいいのか。そこまで、ケータイが進化したといえば、肯定的に考えられる。しかし、ケータイの小さいディスプレイを超えたところにある、ひろがりのあるコンテンツにアクセスできない。ケータイの小さいディスプレイの範囲内のなかで充足してしまっている。

とはいえ、ケータイであっても、それを使いこなして、自分自身で情報発信できる人間と、そうでない人間にわかれる時代になっている、とはいえそうである。

といいながら、いま、私の携帯電話(音声通話でしか使用しないので、こう称する方がいいだろう)、充電中。あまりにつかわないので、出かけようと思ったら、電池がきれていた。あわてて、30分ばかり充電してから出発の予定。その間にこれを書いている。

あらたかな格差社会、デジタルデバイド、これが錯綜して進行しているように思えてならない。パソコン、インターネットを縦横に使える人間、ケータイしかつかえない若者、逆に、ケータイがまったくダメだがパソコンならなんとかなるような私のようなタイプ(これは希少であろうが)、様々な種類の、デジタル環境、機器への対応の違いがある。

単純にWEB2.0、その次は何だ……と言ってはいられないように思うのである。

と、ここまで書いたあたりで、そろそろ最低限の充電はできたようなので、出かける用意をすることにしよう。JADS(アート・ドキュメンテーション学会)の関西地区部会の見学会(大阪のエル・ライブラリー)である。

當山日出夫(とうやまひでお)