DVD電子出版で研究会できるか2010-04-01

2010-04-01 當山日出夫

いま、ようやく、某大学の先生にメールを送ったところ。DVD版の『内村鑑三全集』が刊行になったのを記念して、シンポジウムでも開催できないか、会場を打診。

これがうまくいきそうなら、
・内村鑑三研究
・内村鑑三研究におけるDVD版全集の意義
・内村鑑三デジタルアーカイブ(ICU)
・電子出版、電子図書館の流れの中でのDVD版『内村鑑三全集』の意義
など、総合的なシンポジウムでもできればと思っている。

いろんな人たちがあつまっての企画になるのだが、さて、うまくいくだろうか。キリスト教関係と、出版関係。これまで縁のなかった人たちがあつまって、話しが通じるかどうか。

実現しそうなら、これもまた一仕事になる。

當山日出夫(とうやまひでお)

電子図書館を軸にした人文情報学の連携2010-04-02

2010-04-02 當山日出夫

この前、(これは書いてかまわないはずであるが)「センターネット」の会議を、立命館で行っている。「センターネット」って言われても、これだけでは何のことだかわからない。話しを聞いてみると、「デジタル・ヒューマニティーズ」の関係する「センターネット」ということらしい。(もうちょっとわかりやすい名前にしてほしいなあ。「デジタル・ヒューマニティーズ」も強いて日本語にすれば、「人文情報学」といったところか。)

私は、これには出なかった。別のところ、別の会があって(これは書かないでおく)に出ていた。同じように、デジタル化した文化資源についての集会。ちょうど日程が重なっていた。ちょうど東京に行く日程との都合を考えて、私としては、こちらに出てきた。

これから、デジタル・ヒューマニティーズの相互の連携を考えるとき、基本として、電子図書館(デジタル・ライブラリ)も視野にいれないとダメだろう。そして、MLAの連携。これを基本にしなければならないと思う。

ただ、今の、デジタル・ライブラリの発想では、特に古典籍の画像データ化については、いろいろと言うべきことが多い。だから、相手にしない……ではなく、だかかこそ、同じテーブルについて、こちらの希望をきちんと伝える努力が必要になると思う。古典籍の研究のためには、このような電子図書館でないと意味がありませんと、研究者の視点・立場から提言すべきである。

そして、このような提言のうえにたってであるが、研究者・研究機関・研究組織などの、相互の連携の軸になるのは、やはり、図書館であると、私は思っている。この意味で、図書館についていうならば、利用者の意見に耳をかたむけてもらいたい。特に、研究者の意見に。

これまでの、『ARG』のインタビュー記事など読んでくると、決して、国会図書館や、その周辺の図書館、そして、これからの電子図書館の世界は、窮屈なものではない。いや、非常にオープンで融通のきく世界だと思う。ただ、そこに対して、きちんとものを言う人(研究者など)がいるかどうか、である。

私個人でできることなど、たかがしれている。だが、そのような場を相互に連携させるきっかけぐらいは、どうにかして、一つでも二つでもいいから、設定していきたいものである。

などということを、新年度の初めにかんがえている。書かなければいけない原稿もあるし、新学期の授業の準備もあるのだけれど。

當山日出夫(とうやまひでお)

まずはラウンドテーブルから2010-04-03

2010-04-03 當山日出夫

昨日のつづき。国立国会図書館の最近の行事のひとつに、「デジタル情報資源ラウンドテーブル」がある。「ラウンドテーブル」、日本語でいえば、「円卓」ということでいいだろうか。みんなが、同じような立場で、あつまって議論の輪に参加するイメージである。いいかえれば、立場のちがいはあっても、対立するような上下関係のようなものはない。

たしかに、人文学研究者の考えていることも、決してひとつにまとまっているわけではない。分野ごとに、非常な、そして、微妙に、考え方の違いがある。

だからといって、まとまるまで待っているわけにもいかないだろう。また、単純に最大公約数的な意見が取り出せるともおもえない。多事争論、いろんな議論が錯綜するなかに、混沌としたかたち、なんとなく、こんなふうなことを考えているんだな、という感じだろう。

そして、できれば、いろんな会議に、人文学研究者、情報学研究者、それにくわえて、MLA、その中でもとくに、電子図書館の関係者が、かならず加わる、という方向性をめざしたいものである。

特に、このようなことに制度的な壁があるわけではない。ただ、話しをするだけであるのだから。何かをしようとなると、いろんな制度の壁があることは確かだが。だが、その壁をこえようとするなら、まずは、ラウンドテーブルにみんなで集まるところからスタートしなければならないだろう。

今年度もいろんな人文情報学関係の行事がある。とにかく、多方面からの多様な意見が自由闊達にいえる場を、つくっていくようにつとめたい。いろんな人に、こえをかけてみようと思っている。

自分とは違った立場の人の意見を聞く方が刺激があって、楽しいではないか。同じ意見の仲間どうしでかたまるよりも。

當山日出夫(とうやまひでお)

『からくりインターネット』2010-04-04

2010-04-04 當山日出夫

相澤彰子・内山清子・池谷璃絵.『からくりインターネット』(丸善ライブラリー).丸善.2010

http://pro.maruzen.jp/shop/disp/CSfLastGoodsPage_001.jsp?GOODS_NO=7707808

私がこれまで読んだかぎりで、もっともすぐれたインターネットの入門書である。国立情報学研究所の本、と理解してもいいだろう。

ざっと目次をみても、

世界のすべての本をアレクサンドリアに
インターネットとことばの宇宙
情報爆発と検索のからくり
重要なことばは繰り返される
コンピュータが翻訳すると……
ネット上の別人
ウェブが知をつむぎ出す

とある。

古代アレキサンドリア図書館から、インターネットを考えるというのは、国立情報学研究所ならではの発想だろうと思う。また、これは、基本的に正しいと私も思う。

電子図書館などについて考えるときでも、古代アレキサンドリア図書館から、話しをはじめるのが、いいかなと思える。(ま、東洋学では、また、別の図書の分類の歴史があるのだけれど、それは別においておこう。)

ちょっと時期的にむずかしかった。半年はやければ、教科書につかったのにと思う本である。おすすめ。

當山日出夫(とうやまひでお)


できるかなDVD版『内村鑑三全集』シンポジウム2010-04-05

2010-04-05 當山日出夫

今日、連絡のメールがあった。かねてから考えていた、DVD版『内村鑑三全集』刊行記念シンポジウム、どうやら会場の大学の教室が確保できそうなみとおしである。

大学の、行事(学年歴)の都合で(3学期制)、6月の下旬か、7月の上旬あたり。まだ、どうなるか、まったくわからないが、とにかく、実現にむけて一歩歩み出したことはたしかである。

実現すれば……思想史研究としての内村鑑三研究の立場からだけではなく、電子出版の関係者にも興味関心のあるものにしたい。たとえば、製作にあたった印刷会社とか、もとの全集を出している出版社とか、にも出てもらいたいものである。

また、ひとつ仕事が増えたが、これは、どうにか実現したいものの一つ。

當山日出夫(とうやまひでお)

『からくりインターネット』その22010-04-06

2010-04-06 當山日出夫

『からくりインターネット』から、気になった箇所を少し引用してみよう。

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検索結果とは、そもそもユーザーからのリクエストを受けてはじめて姿を現したものだという点です。検索はユーザーが知りたいものを探すツールですから、人々の関心を浮かび上がらせ、同時に関心のないものは水面下へ沈めるの役目です。(p.54)

実は現在のところ、多くのコンピュータにとって文章を「読む」とは、出現回数と単語の統計情報のリストを作成することに他なりません。(p.75)

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このような指摘をうけたあとで、ネット上での、自分自身(利用者)の情報がいかにあるべきかへと議論はつづく。単なる技術論でもなし、文化論でもない、新しいインターネット論として、この本はとても面白い。

『ARG』の感想は、後でまた。

當山日出夫(とうやまひでお)

『ARG』421号の感想2010-04-08

2010-04-08 當山日出夫

ちょっと遅くなってしまったが、『421』号の感想である。あと3部発行がふえれば、というところ。

今回の羅針盤
「公共図書館Webサービス勉強会の紹介、
そして公共図書館Webサービス勉強会への招待」(笹沼崇、長谷川拓哉)
を読んで思ったこと、すこし、

まず次のような箇所に注目したい。

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それには、多くの公共図書館員が協力し、各館のブレイクスルーのために知恵
を出しあい、一緒に進むためのきっかけをつくることが大事ではないかと考え
ました。最近、特に、図書館界の内輪の勉強会だけでなく、アウェーに出てど
んどん新しいことを吸収しているアンテナの高い図書館員が増えつつあります。

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これをふまえたうえで、現実にはどうであるか、という方向に話しは進んでいく。しかし、基本の姿勢、ものの考え方として、「アウェーに出て」というのは、歓迎したい。

デジタル・ヒューマニティーズ(人文情報学)の分野でも、各種の研究機関があり、また、組織がある。いくつかの、拠点的なものが形成されようとしている。このなかで、みずからが「アウェーに出て」という積極的意欲を持っているところがどれぐらいあるだろうか。

「アウェー」に出る、また、「ホーム」であっても、自由にいろんな多方面の人に呼びかける、この姿勢が大事だと思う。

もちろん、それぞれの研究機関や組織によって、ものの考え方の違いはあるだろう。だが、その違いをふまえたうえでこそ、次のステップにすすめない。まずは、出て行って、来てもらって、話しをする、話しをきく、ここから始めなければと思う。

えてして、人文学の世界は、「羅針盤」で指摘されている公共図書館と同様といったら悪いかもしれないが、タコツボになりがちである。ここは、意図的に、それを超える気概をもたなければ、ただ、黙っていればいいというものではない。

今号の「羅針盤」を読んで、やはり、図書館に期待するところが大きいと感じる。異なる機関や組織で協同しようという意識が、人文学一般の世界にくらべると、非常に強いものがあると感じる。これからの、日本のデジタル・ヒューマニティーズ(人文情報学)は、図書館との連携なしには、先にすすまないだろうし、ここにチャンスを見いだすべきだろうというのが、私の考えるところである。

幸い、近年の、国会図書館、特に関西館・電子図書館の動きは非常に活発である。なんとか、こことは人脈と連絡を途絶えないようにしておきたいと思っている。

當山日出夫(とうやまひでお)

DVD版『内村鑑三全集』記念の研究会2010-04-09

2010-04-09 當山日出夫

さきほど、ICU(国際基督教大学)の先生から連絡があった。

7月3日(土)の午後

ICUを会場にして、DVD版『内村鑑三全集』刊行記念シンポジウム(仮称)を開催しようということになりつつある。

まだ、場所と時間を確保しただけ。だが、これが決まれば、後は人選。東京にには、内村鑑三研究者も、また、デジタル出版の関係者も多くいる。これから、具体的にどうしようかと考えるところである。

まず、一歩前進である。

當山日出夫(とうやまひでお)

検定試験のこと2010-04-10

2010-04-10 當山日出夫

アカデミック・ライティング、という名前の授業。学校側の方針としては、学生に検定試験をうけさせることになっている。検定料金は、大学の負担で、団体受験。

以前は、日本語文章能力検定を受検していた。これは、いまは中止である。なにせ、この団体の母体は漢検であるので、本家のほうがしっかりしないことには、どうにもならない、という事情なのだろう。しばらく、この試験は中断ということらしい。

で、昨年の後期は、言語力検定。これは、新しくはじまったばかり。レベルを見ると、高校生レベルまで試験しか設定していないのだが、これを大学生で受験ということに。これは、趣旨としては、そう悪くはないとおもう。PISAを意識して、その日本語版という位置づけのようである。ただし、これは、前期にはない。年に一回だけ、秋に実施のようである。つまり、前期はなし。

となると残るのは、日本語力検定、ということになる。これは、国語の試験とおもえばいいだろうか。レベルも各段階に応じてそろっている。これしかなさそうな気がするのだが、はたしてどうなるのだろうか。

まあ、学校の担当の先生と事務とで考えて決めることで、私がどうのこうのということではない。しかし、受験日程がきまらないことには、授業の方の予定がきまらない。受験日(団体受験)は授業日あつかいになるので、試験監督して出なければならない。

どうなるにせよ、はやく決まってほしいものである。

當山日出夫(とうやまひでお)

雑感2010-04-11

2010-04-11 當山日出夫

授業の曜日の関係で、今週から本格的に全部がスタートである。その準備もどうにかととのった。さて、今年度は、どんな感じになるだろうか。

あたたかくなってきた。我が家のよいこたち(黒猫、複数形)も、外に出る時間が長くなってきた。ちょっと前までは、ひたすら家の中にいて、ストーブの前で、寝ていたのであるが。

見ておきたい展覧会がいくつかある。奈良博、京博、それに、京都の文化博物館など。どれだけいけるかどうかわからないが、前期の間は、比較的時間があるので、どうにかなるかもしれない。

授業のレジュメに、パワーポイントに、だいたい準備できた。CH研究会の原稿も、だいたいかけた。今回は、もう書き終えたら送ってしまうつもり。ここしばらく、内村鑑三のDVD版全集の件で、あれこれと、発表していこうと思っている。

當山日出夫(とうやまひでお)