『真田丸』におけるパトリオティズム2016-06-01

2016-06-01 當山日出夫

『真田丸』(NHKの今年度、2016の大河ドラマ)について、いささか。

今、舞台は、大坂城である。秀吉の馬廻衆としての、真田信繁が描かれる。ここで、私が気になっていること……それは、大坂編の前にはよく登場した、信州の真田の郷が、まったく登場しなくなっていることである。このドラマの初期のころ、毎回のように、真田の郷の、いかにも平和で牧歌的な風景がよく出ていた。それが、大坂編になってから、さっぱり見られない。

これは、どうしたことなのだろう。どのような意図があってのことなのだろうかと思って見ている。

「愛国心(ナショナリズム)」「愛郷心(パトリオティズム)」と、とりあえず言ってみよう。戦国時代から、ようやく、安土桃山時代である。まだ、国民国家としての日本は成立していない。であるならば、この当時の人々(特に、武士について考えてみれば)、「ナショナリズム」ではなく「パトリオティズム」というものを、想定して見ることは、無理でないかもしれない。

いや、戦国武将の実際はそうではないという、歴史学からの反論もあり得るとは思う。たとえそれがどこであれ、自分の領地として、勝ち取ったもの、安堵されたものであれば、そこを守るのが武士である、とすることもできよう。

しかし、ここで言いたいのは、ドラマの世界でのことである。このドラマにおいて、主人公・信繁にとって、真田の郷はどんな意味があるのであろうか。

現在の我々は、歴史の結果を知っている。信繁は死ぬ。真田の郷に帰ることはできない。

では、信繁は、いったい何のために死ぬのであろうか。平和な時代がおとずれて、再び、真田の郷で、のどかに暮らす将来を夢見てのことだろうか。それとも、豊臣家(秀頼や淀君)への忠誠心の故であろうか。

『真田丸』の特色の一つは、その歴史考証にある。たとえば、よく登場人物がつかうことば「国衆」。これは、基本的には、歴史学用語であると、私は理解して見ている。そして、「国衆」という概念でもって戦国時代を考えるようになったのは、歴史学でも近年のことに属する。

戦国武将のエトスとして、何が、死に向かわせるのであろうか。この疑問に、このドラマの歴史考証は、どのような答えを用意しているのであろうか。

ドラマがはじまって、ようやく半年ちかくになる。これから、いよいよ、関ヶ原の合戦、大坂の陣にむけて、時代は流れていく。一族の存亡、覇権の争奪、いろんな要素がからみあって、登場人物は動いていくであろう。このなかにあって、主人公・信繁の心情の底にあるもの……エトスと言っておく……これは、いったい何であるのか。

私の立場として、このドラマの最大の見所は、信繁のエトスをどんなものとして描くかにある。

と、ここまで書いたのが先週のことである。しばらくおいておいて、5月29日第22回「戦端」を見ると、これから、沼田の城をめぐっての攻防になるようだ。現代でいえば、さしずめ「領土ナショナリズム」といったところか。これもまた、戦国武将のエトスというべきなのであろうか。

あるいは、尖閣諸島とか竹島とかの領土問題をかかえている現在の日本にとって、「領土ナショナリズム」の方がわかりやすいのかもしれない。ともかく、次回が楽しみである。

追記
このつづきは、
「真田丸」における忠誠心
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/07/29/8141699

天皇の女性的性格と『花燃ゆ』『八重の桜』2016-06-02

2016-06-02 當山日出夫

昨日にひきつづき大河ドラマに関連して思うことをいささか。

以前にすこし言及した。最近、松本健一の本をよく読むようになっている。その松本健一の本に書いてあったことである。どの本に書いてあったか、探すのが面倒なので……床に積み上げてある十数冊の本を見直す気になれないので、この点については、ご容赦ねがいたい。個別の本の感想などについては、これから、順番に書いていってみたいと思っている。

「天皇の女性格」についてである。言い換えるならば、天皇の女性らしさ、とでもいおうか。だが、これは、女帝・女性天皇のことではない。男性の天皇ではあるが、その性格は、きわめて女性的である、という指摘である。

今どき、「女性らしさ」「男性らしさ」などと言おうものなら、石がとんできそうであるが……しかし、この指摘は重要であるとともに、興味深いものである。

何故、日本の幕末・維新の歴史に女性が登場しないのか、それは、天皇が女性格であるからである、と松本健一は指摘する。「勤王」と言う。だがその心情に即して見れば、ほとんど恋愛に近い感情である。まだ見ぬ人にあこがれる、その人が自分のことを心にかけていることを知るだけで、感激してしまう。このような、いわば疑似恋愛とでも言うべきものとして、「勤王」の志を説明する。言われてみれば、なるほど、である。

幕末・維新といえば、NHKの大河ドラマを引き合いにだすのが、適当かと思う。すると、まさに、この考えがあてはまる。

昨年(2015)の大河ドラマ『花燃ゆ』は、さんざんであった。視聴率はほとんど最低の水準であったし、何よりも、見ていて面白くなかった。つまらなかった。(と、ここに書けるのも、一年間、ほとんど見ていた証拠でもあるのだが、それはさておくことにする。)

その理由はいろいろあるだろう。WEB上で指摘されていたことなどを思い出せば、企画そのもの(安倍首相の地元である山口を舞台にしたドラマを無理矢理作ったこと)の理不尽を指摘するものもあれば、歴史考証の不備を指摘するものもある。あるいは、脚本の不出来を言うものもある。

私見としては、理由として、二つ考えてみたい。

第一には、歴史考証の不足である。幕末・維新の歴史は、ドラマを見るような人なら誰でも一通りのことは知っている。だが、その背後にある「歴史観」はさまざまである。日本が開国にいたった理由、尊皇攘夷運動とは何であったのか、そのなかで草莽崛起の意味とは、明治維新は日本社会に何をもたらしたのか……などなど、さまざまな論点がある。だが、ドラマは、それらに何一つ明確な答えを提示していなかった。

その歴史観に賛否両論はあるだろう。しかし、だからといって、歴史を無視したところに歴史ドラマがなりたつはずがない。

第二には、女性を主人公としてしまったこと。たしかに、文(吉田松陰の妹、井上真央)を主人公に設定するところに、このドラマの基軸があったことは確かである。だが、それが成功したかどうかは、別の問題である。私は、失敗であったと思っている。女性を主人公(ヒロイン)にしてしまったために、勤王の志=天皇(女性格)への思慕を、うまく描くことができなかった。このように、私は見る。

この二つの点から見て、逆に、たくみに作ったと思われるのが、『八重の桜』(2013)である。視聴率はそこそこであったようであるが、ドラマとしてはよくできていたと、私は評価したい。

その理由は、上記、『花燃ゆ』が失敗したことの裏返しである。

第一に、「歴史観」を正面に打ち出したことである。幕末・維新といえば、これまでは、えてして勝った側、つまり、薩長の方、具体的には、坂本龍馬であり、西郷隆盛であり(西郷の場合、最後は悲劇の死をむかえるが)、ともかく、明治維新をなしとげた方を描くのが主流であった。それを『八重の桜』では、負けた側、つまり、会津のことを描いた。これは、幕末・維新をドラマとして描くうえでは、新視点であったと言ってよかろう。

第二に、「女性」の描き方である。主人公(ヒロイン)は、『花燃ゆ』と同じく女性(八重)である。だが、ドラマの前半においては、彼女は、「女性らしさ」で登場しない。女性でありながら、鉄砲に興味をもち、戊辰戦争では籠城戦をたたかう戦士として描かれる。つまり、きわめて「男性らしさ」で出てくるのである。

それでは、女性は出てこないかというと……出てくる……孝明天皇である。幕末最後の天皇である。この天皇、きわめてよわよわしい人物設定になっている。いかにも、それまで京都の宮中・公家社会のなかにいたという感じである。

そして、重要だと思うのは、会津の殿様(松平容保)の孝明天皇への心情のあり方である。ほとんど恋愛感情である。まだ見ぬ宮中の奥深くにひっそりといる天皇が、自分のことを頼りにしていてくれることに、容保は感激して、臣下としての忠誠をこころに誓う。

この孝明天皇が登場するのは、前半まで。戊辰戦争が終わって、明治なると、こんどは、八重が女性として登場することになる。新島襄の妻としてである。つまり、ドラマの前半では、「女性」の役割を孝明天皇がにない、後半では、それを八重がになった、という役割分担が、うまく成立している。

以上のように考えてみると……「女性格」としての天皇という、松本健一の言っていることは、かなり正鵠であると言えそうである。

ところで、来年(2017)のNHK大河ドラマは『おんな城主 直虎』。戦国時代における「女性」というものを、どのように描くか、このような観点から見てみるのも面白いのではないかと思っている。

収蔵品デジタルアーカイブの最新動向に関する研究会2016-06-02

2016-06-02 當山日出夫

「収蔵品デジタルアーカイブの最新動向に関する研究会」というのが、開かれる。
2016年6月24日(金) 国立西洋美術館

研究集会「収蔵品デジタルアーカイブの最新動向──文化遺産オンラインと国立国会図書館サーチの連携は美術館に何をもたらすのか そして、著作権法はどのように展開するのか」とある。

http://www.zenbi.jp/data_list.php?g=17&d=93

この件については、ツイッターで、生貝直人のメッセージで知った。会員(全国美術館会議会員館及び賛助会員)に限定である。しかし、現代(2016)になって、このような会議が開かれた記録の意味で、ここに記しておくことにする。

朝ドラの水落ちシーンの意味は2016-06-03

2016-06-03 當山日出夫

朝ドラ……NHKの朝の連続テレビ小説である。ここ数年、見ることにしている。ただなんとなくということもある。だが、一つの効用として、生活のリズムを作るのにちょうどいい。今年度であれば、朝起きて、朝食。仕事に出る子供を駅まで送って行って帰って、BSの『とと姉ちゃん』を見る。これが、7:30。それから、ツイッターに簡単なコメントを書き込む。学校に行くときは、それから、カバンの用意をして(基本は前日にしてあるが、再度確認して)、自動車で出かける。家にいるときは、書斎で仕事にとりかかる。

ところで、朝ドラを見ていて、気づくこと……ヒロインが水に落ちるシーンが多いことである。今やっている『とと姉ちゃん』(2016前期)でも、常子が水に飛び込む場面があった。深川の水堀に落ちた妹を助ける場面である。

ちょっと思い返してみると……『てっぱん』(2010前期)、『あまちゃん』(2013前期)、『ごちそうさん』(2013後期)、とヒロインが水に落ちている。そして、これらの作品では、水に落ちることが、ヒロインの人生の転機になっている。『てっぱん』では、祖母との出会い、『あまちゃん』では、北三陸で海女になる決意、『ごちそうさん』では、夫との結婚の意思表示であり、そして、今回の『とと姉ちゃん』では、常子一家と祖母との和解、というようになっている。

ここで仮説を言う……朝ドラの水落ちシーンはイニシエーションである。

イニシエーション(通過儀礼)とは、文化人類学用語として知っている。人生の節目の行事・儀式のこと。たとえば、七五三とか成人式など。極端な場合には、一度、擬似的に死んで蘇ったりもする。

こう考えてみると、いや逆に考えてみると……ヒロインの生涯を描くとき、何かの大きな人生のきっかけを表現するのに、水に落ちるという設定は、恰好の状況を作り上げる。水にはいることで、それまでの自分を一度すてて、新たな人生がスタートする。この表象として、水落ちシーンがある。

水に落ちるほどではないが、水が重要な意味をもつシーンも思い出す。『マッサン』(2014後期)では、山崎にウイスキー工場の建設場所を見いだす場面、それから、北海道の余市をウイスキー製造に最適の場所であると発見するシーン、いずれも水(川)が重要な役割をはたしていた。

思いつきにすぎない。しかし、どうやら、朝ドラにおける水落ちシーン=イニシエーション説、というのは、相当の妥当性がありそうである。

なお、イニシエーションということば……学生の時、文化人類学、宗教社会学(宮家準先生)の講義でおぼえたのを思い出す。

デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会及び実務者協議会2016-06-03

2016-06-03 當山日出夫

昨日にひきつづき、ツイッターにおける生貝直人からの情報。記録の意味で、ここにも記しておきたい。

デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会及び実務者協議会
中間報告

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_kyougikai/index.html

E・H・カー『歴史とは何か』2016-06-04

2016-06-04 當山日出夫

E・H・カー(清水幾太郎訳).『歴史とは何か』(岩波新書).岩波書店.1962
https://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/41/8/4130010.html

古い岩波新書が新しくなった。ベストセラー、ロングセラーのうち、古く出版されたもの……だいたい半世紀ぐらい前になるのが多いが……について、改版して、つまり、活字(というのは実は今はもう無い、コンピュータ組版である)を新しくして、組み直して新しく版をつくって、きれいない本にしたものである。実際に読んでみると、格段に読みやすい。文字がきれいであるし、しかも、ひとまわりフォントサイズが大きくなっている。

『論文の書き方』(清水幾太郎)、『日本の思想』(丸山真男)、『知的生産の技術』(梅棹忠夫)などである。

これらの本(岩波新書)、奥付を見ると、改版しているにもかかわらず、「刷」を通し番号で表記してある。これは、ちょっとおかしいと思う。

『歴史とは何か』であれば、(私の持っている本について見れば)、

1962年 第1刷発行
2014年 第83刷改版発行
2015年 第84刷発行

とある。この2015年のものは、

2015年 改版第2刷発行

でないと、いけないと私は考えるのだが、どうだろうか。「版」が違えば、別のものなので、その「版」における「刷」を明記すべきだろう。

閑話休題。『歴史とは何か』である。これは名著である。読み直すのは、何年かぶりであろう。いや、はっきり言って何十年ぶりになる。昔、読んだのは、高校生のときか、大学生になってからか。

以前にちょっとだけ書いた、

野家啓一.『歴史を哲学する-七日間の集中講義-』(岩波現代文庫).岩波書店.2016
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/60/0/6003420.html

を読んだのをきっかけに、再読してみようかという気になった。読んでみて、やはり名著である。しかし、その名著たるゆえんは、その若い時にはわからなかったと言ってよい。自分なりに、微々たるものではあるが、研究者として、なにがしかの仕事を積み重ねていった上で、あらためて読んでみると、この本の素晴らしさを実感できる。若い時に読んでおくことはもちろん、ある程度としをとってから再読して、その価値のある本である。

この本についての言及は、いろんなところで目にした記憶がある。いわく、「歴史とは現代との対話である」。このようなことは知識として知ってはいた。だが、改めて読み直してみて、その意味することの重要性を理解できたように思う。

読みながら付箋をつけた箇所を、ちょっと引用してみよう。

「事実というのは、歴史家が事実に呼びかけた時にだけ語るものなのです。」(p.8)

「歴史家の解釈から独立に客観的に存在する歴史的事実という堅い芯を信じるのは、前後顛倒の誤謬であります。」(p.9)

このような言い方を見ると、歴史的事実とは研究者が作り上げた仮構であるかのような印象をもってしまう。だが、そうではないと、指摘する。

「見る角度が違うと山の形が違って見えるからといって、もともと、山は客観的に形のないものであるとか、無限の形があるものであるとかいうことにはなりません。」(p.34)

また、「歴史家」も「歴史」の中にあることに自覚的であるべきとの指摘もある。

「歴史家は個人であると同時に歴史および社会の産物なのです。歴史を勉強するものは、こういう二重の意味で歴史家を重く見る道を知らねばならないのです。」(p.61)

それから、次のような指摘もある。

「今日でも、古代史および中世史の魅力の一つは、私たちが使う一切の事実が手の届く範囲内にあるという錯覚を与えてくれるからではないでしょうか。」(p.11)

このような指摘は、研究者と、そのあつかう資料との関係において、深く反省すべき点であると思う。

たとえば、日本の古代の研究分野において、紙の文献史料・資料に基づく研究は、ほぼ、その資料が網羅できると言ってもよいかもしれない。確かに、新たな考古資料の発掘とか、特に、木簡などの事例はあるが、近世史・近現代史に比べれば、史料・資料は、限定的であると言ってよいように感じられる。

今から、ほぼ半世紀前の本である。著者(カー)の専門は、現代のソ連史とのこと。このあたりの背景があるので、現代の目から読むと、ちょっとわかりにくい点が少しある。特に、若い人……もはやソ連の存在を実際には知っていないような人……にとっては、この本自体が、歴史的なものとさえいるかもしれない。特に、後半の部分は、非常に抽象度が高い記述になっているので、ちょっとわかりにくい。(さらにもう一回読んでみないと、という気になる)。

この本については、また改めて書いてみたい。

『華麗なる一族』の風景2016-06-05

2016-06-05 當山日出夫

伊勢志摩サミットが、賢島でひらかれた。

その志摩観光ホテルについて、すこし。ここには、10年以前になるだろうか、泊まったことがある。我が家からは、自動車で、3時間ほどで行ける。

志摩について感じたことは……ああ、この景色は、変わっていないなあ、同じだなあ、ということ。何と同じであるかというと……映画『華麗なる一族』の冒頭のシーンである。

山崎豊子原作、山本薩夫監督のこの映画、私は見ている。確か、テレビドラマにもなっているはずである。しかし、そちらは見ていない。小説(原作、文庫版)の方は読んでいる。

山崎豊子.『華麗なる一族』(新潮文庫)上・中・下.新潮社,1980.
http://www.shinchosha.co.jp/book/110412

主人公である万俵一族の正月の恒例行事として、志摩での食事の場面からこの映画ははじまる。そこで、志摩の島々と海の風景が映し出される。きれいだなと、思って見ていたものである。

その何十年か後、自分で、実際にその場所に行ってみて、まず感じたのは、ああ、あの映画のシーンと同じ風景が、今、自分の目の前にある。何も変わっていない、という、一種の感慨のようなものであった。

変わらない志摩の風景がそこにあった。

静かなおだやかな海。そこにうかぶたくさんの小さな島々。海と島とが重なりあって、屏風のような景色をかもしだしている。

ところで、伊勢神宮の式年遷宮のあったのは、2013年のこと。今から3年前である。これも、「変わらない」ものの代表としてとりあげられることが多いように思う。

しかし、これはウソである。島田裕巳の著作など見れば、中世において、数十年も式年遷宮が行われなくて、荒廃してしていたであろうことが、指摘されている。また、明治になって、いわゆる国家神道が作られた後の、いろんな様式・儀式もあるのだろう。

島田裕巳.『神も仏も大好きな日本人』(ちくま新書).筑摩書房.2011
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480066404/

とはいっても、基本的な建築様式が、かなり「古代」の面影をとどめていることは確かなことだろう。おそらく、総合的にみれば、かなりの程度「古代」のままであるといってよいであろうか。

伊勢志摩の風景は、ある意味では、近代になってからつくられた「古代」であるのかもしれない。しかし、そのようなことを知ってはいても、そこに行くと、なにかしら、昔から変わらないでいる何かがある、という感覚になることもまた確かなことである。

伊勢にはだいたいここ数年、毎年行っている。目的は牡蠣の食べ放題(浦村に行く)。年に一度の贅沢と思って行っている。次の冬も行けるだろうか。

追記
この文章を書いたのは、数日前である。昨夜(6月4日)のNHK「ブラタモリ」は、伊勢神宮であった。見ていたら、室町時代に一時、式年遷宮がとだえた時期はあった旨、言っていた。でも、1300年はつづいているらしい。

蒼ざめた思想「無常ということ」2016-06-06

2016-06-06 當山日出夫

「過去から未来に向って飴の様に延びた時間という蒼ざめた思想(僕にはそれが現代に於ける最大の妄想と思われるが)」

なつかしいことばである。ひさしぶりに読んだ。

小林秀雄「無常ということ」
千葉俊二・長谷川郁夫・宗像和重(編).『日本近代随筆選1-出会いの時-』(岩波文庫).岩波書店.2016
https://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/31/0/3120310.html

「無常ということ」……この文章は、私の高校生のころの国語の定番教材であった。私も、まず、国語の教科書で読んだ記憶がある。そして、その後、小林秀雄の本を文庫本などで読むようになって、何度か読んだ記憶がある。

それが、こんど岩波文庫で『日本近代随筆選』全三巻、の中の一つに収録されている。(現時点は、刊行は二巻まで。)

「なつかしい」と書いた。だが、今になって読み直してみると、昔、高校生のころによくこんな難解・晦渋な文章を読んでいたものだと思う。そうはいっても、小林秀雄の他の作品にくらべれば、まだこれはやさしい方かもしれないが。

そして、読みかえして感じること……「美しい日本語」という、ありきたりの感想である。いや、言語研究者のはしくれとしては、美しい日本語などと言ったりしてはいけないのかもしれない。しかし、この小林秀雄の文章、それから、この『日本近代随筆選』に収められたいくつかの文章をひろい読みすると、そのような感想を抱かずにはいられない。

WEBなどで、日常的に膨大な文章(日本語)を見ていながら、それを「美しい」と感じる感性を、どこかに置き忘れてしまっている自分が、なさけなく思えてくる。

『歴史とは何か』(E・H・カー)など読んで、歴史とはなんであるか……思いをめぐらすのもいいが、時には、歴史に対する感性のようなものを思い起こす必要がある。

「僕等が過去を飾り勝ちなのではない。過去の方で僕等に余計な思いをさせないだけなのである。思い出が、僕等を一種の動物である事から救うのだ。記憶するだけではいけないのだろう。思い出さなくてはいけないのだろう。多くの歴史家が、一種の動物に止まるのは、頭を記憶で一杯にしているので、心を虚しくして思い出すことが出来ないからではあるまいか。」(pp.255-256)

エディタで文章を書く:現代の筆墨として2016-06-06

2016-06-06 當山日出夫

私は文章を書くのは、エディタである。ワープロ(一太郎やWord)の文章を書くときでも、まず、エディタで書いて、それをコピーするのが基本。ただ、図表とかはいったものの場合には、直接ワープロ編集画面で書くこともあるが、それは例外に属する。特に、自分でものを考えながら文書を書く、あるいは、書きながらものを考えていきたいような時には、エディタになる。

何故だろう。

第一には、エディタの編集画面の方がシンプルで、余計なこと……文字(フォントを何をつかうとか、そのサイズをどうするとか)、文書の修飾的な要素(タイトルをセンタリングするとか)、いちいち気にしなくていい。ただ、文字を入力するだけである。

第二には、この裏返しであるが、ワープロを使わない理由としては、編集機能が多すぎて、文章を書くのにかえって邪魔になる、ということがある。

しかし、エディタで困ることが無いではない。禁則処理をしてくれないことである。禁則処理というのは、行頭や行末にくる、「 や 、 。 など、適当に次の行におくったりする機能のこと。

これは、ある意味でシンプルに文章を書くときには、あえて気にしないということで割り切ってしまえば、それでいいのかもしれない。私も、そのような気持ちで文章を書いているときもある。

ところで、電子メールの文章はどうだろうか。

これには、流儀が二つ(あるいは三つ)あるようだ。

第一には、改行から改行まで連続した文字列にする。メールソフトの閲覧画面で、ウィンドウの右端で文字が折り返されるまでを一行になるように書く。言い換えるならば、余計な改行をいれないという主義。

第二には、読みやすいようにという配慮からか、だいたい30字ぐらいのところで改行をいれて書くという方式。この方式で書くひとも多い。見た目の印象としては、文章の右端がデコボコした感じになってしまう。

第三には、(これが私の採用している方式)エディタで、70字(全角文字なら35字)の設定にしておいて、書く。この時、禁則処理をしてくれるエディタを使う。具体的には、私の場合であれば、WZEditor(Ver.9)である。

このエディタ、便利な機能として、「テキストを改行付きテキストに」変換してくれる。つまり、画面の見た目どおりに、右端に自動的に改行を挿入した文書に整形してくれるのである。

これをコピーして、メールソフト(Outlookなど)の編集画面に持って行く。

70字(35字)で改行するというのは、昔のパソコンの時代からの習慣のようなものでもある。昔のパソコン(PC-9801)は、画面の一行が40字の表示機能であった。したがって、35字程度で書くと、ちょうど、読みやすく画面におさまる。

また、経験的にも、30字ぐらいで改行されるのが、読みやすいし、書きやすい。あまりに一行が長いのも、短いのも、判読しづらい。

ところで、今、この文章を何で書いているかというと、WZWriteで書いている。まあ、エディタに、ちょっとワープロ的要素をとりこんで編集できるようにしたものと考えておけばいいか。でも、私は、エディタとしてしか利用していない。

画面の設定はいたってシンプルにしている。濃紺の背景色に、黄色の文字(MSゴシック)という設定である。こんな画面の設定でつかっているというのも、昔からのパソコンのイメージがあるせいかもしれない。

私の記憶でいえば、ワープロの編集画面が、白い背景に黒い文字……紙にプリントしたのに近い……になったのは、一太郎(ジャストシステム)あたりからではなかったかと思う。松(管理工学研究所)などは、逆に、黒っぽい画面に、たしか黄色の文字であったように記憶している。

エディタやワープロを何を使うか、どのような設定で使うか、また、日本語入力は、どのシステムを使うか(私は昔からATOKである)、など。さらには、ディスプレイの機種(私はナナオいや今ではEIZO)、キーボードの選択(私は東プレ)、など、これは、現代における、筆墨論議なのかもしれないと思っている。

しかし、エディタでも、ワープロの編集画面でも、実際に紙にプリントアウトすると違ってくる。また、同じテキストであっても、見る環境(どのようなエディタで、どのようなフォントの設定で見るか)によっても、違ってくる。このことは、以前に、どこかに書いたことでもある。現代のテキスト論、文字論の課題でもある。

追記
70桁(半角70字)だと、35字(全角)になる。まちがっていたので、訂正。まあ、だいたい30~35字ぐらいが、書きやすい。

アーカイブサミット20162016-06-06

2016-06-06 當山日出夫

アーカイブサミット2016のパワーポイントのスライドが、WEBで見られるようになっている。これは、生貝直人のもの。

めざすべきナショナルデジタルアーカイブの機能イメージ全体像
http://ikegai.jp/AS2016.pdf

記録のため、ここにも記しておくことにする。