萱野稔人『成長なき時代のナショナリズム』従軍慰安婦をめぐる問題2016-07-11

2016-07-11 當山日出夫

萱野稔人.『成長なき時代のナショナリズム』(角川新書).KADOKAWA.2015
http://store.kadokawa.co.jp/shop/g/g321506000025/

この著者(萱野稔人)については、まずなによりも「ナショナリズム」について語るべきであろうが、昨日のつづきとして、この問題からさきにふれておきたい。

松岡洋右が、対支二十一ヵ条要求のとき、日本が悪いことをしているならそれを認めるしかないという主張をしたことについてふれた。

やまもも書斎記 2016年7月10日
加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』松岡洋右のこと
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/07/10/8128707

従軍慰安婦をめぐっては、韓国との間で、一応は、最終的で不可逆な合意に達したということになっているが、まだ、どうなるかわからない。そのような観点から、次の指摘は重要かと思うので書いておきたい。

第一章「ナショナリズムの新局面」において、「なぜ日本はは慰安婦問題でつまづいてしまうのか」として、橋下徹発言に言及してある。

まず、橋下市長は、2013年5月13日に、記者団に、次のように語ったとある。

「銃弾が雨風のごとく飛び交うなかで命をかけて走っていくときに、どこかで休息をさせてあげようと思ったら、慰安婦制度は必要なのは誰だって分かる」(p.38)

これについて、著者は次のように批判する、

「橋下市長のこの発言をめぐっては、その内容の当否がもっぱら議論されている。しかし、そんなことよりもまず橋下市長が政治家として日本の国益を大きく損ねたことが問題視されなくてはならない。国益を損ねることは政治家としてもっともしてはならない罪である。」(pp.39-40)

そして、「「日本だけが非難されつづけるのはおかしい」という意識」として、このようにある。

「世論調査では橋下市長の発言に対しては批判的な声が強い。しかしその一方で、他の国だって同じようなことをしていたのになぜ日本だけが非難されるのか、という不満も根強く存在する。その不満が橋下市長という特異な政治家の口をつうじて炸裂したのだ。」(p.42)

この問題(慰安婦問題)については、次のように著者は指摘する。

「米国における慰安婦問題は、右派にとっては売春を禁止するキリスト教に反することになるし、左派にとっては女性に対する搾取や権利の蹂躙になる。この問題で、米国政府が日本の肩をもつことは絶対にありえない。」(p.43)

著者の留学していたフランスでも日本を支持することはないとして、

「そんな国際情勢のもとで「日本だけが非難されるのはおかしい」「日本は国家の意思として強制連行していない」といったところで何になるだろうか。せいぜい「日本は詭弁を弄してみずからを免罪しようとしている」と受けとられるのがオチである。」(pp.43-44)

そして、日本をスピード違反をして捕まったドライバーにたとえる。結果として、

「要するに、「日本だけが避難されるのはおかしい」と主張すればするほど「日本だけが非難される」という状況をうみだしてしまうのだ。」(pp.44-45)

では、日本はどのようにすべきか。

「その気持ちを国外でも通用するような普遍的な言葉で表現し、これまで日本が慰安婦問題をめぐって積み重ねてきた努力と立場を理解してもらえるような外交的な手腕を私たちがもっていない、ということになる。そもそもこれまで私たちは、そうした努力すらしてこなかったと言ったほうがいいかもしれない。」(p.50)

「まずは、政治家が歴史問題において日本を免罪すると受けとられるような言動、もしくは日本の事例を相対化すると受けとられるような言動は一切しないようにすること。これは最低限守られるべき方針だ。」(p.51)

結論的には、

「愛国心はつかいかたをまちがえれば、いつでも身を滅ぼす毒になる。その意味で、慰安婦問題は愛国心そのものをはかるための試金石なのだ。」(p.52)

著者(萱野稔人)は、ナショナリズムを否定しているのではない。むしろ、肯定的に論じている立場である。そのような立場からしても、現在の国際情勢のなかにおけるナショナリズムのあり方の難しさを痛感することになる。

従軍慰安婦問題のみならず、いわゆる戦争責任、植民地支配についても、「わるいのは日本だけではない」といった発言がある。このような発想に一理はあるとしても、実際の国際社会のなかで、どのようにふるまうべきかは、また別に冷静に考えなければならない問題である。

追記 2016-07-18
このつづきは、
やまもも書斎記 2016年7月18日
萱野稔人『成長なき時代のナショナリズム』「ナショナリズムの新局面」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/07/18/8133657