半藤一利『日露戦争史 2』2016-08-26

つづきである。
半藤一利『日露戦争史 1』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/08/21/8157105

半藤一利.『日露戦争史 2』(平凡社ライブラリー).平凡社.2016 (原著.平凡社.2012)
http://www.heibonsha.co.jp/book/b221915.html

この巻の中心は、海軍は黄海海戦、陸軍は遼陽会戦、それから、日露戦争のひとつの重要なポイントになる旅順攻略である。そして、なによりも重要人物は乃木希典である。

この本、例によって、あとがきから読んだ。乃木希典についてこうある。

「いったいに逸話というものは人の心に食い入りやすくて俗受けするものなのかもしれない。ところが、感動しやすいということは少しも人間そのものを教えてはくれないのである。過去にあったことは完了しているから明確であるとはかぎらない。史料の増加と新しい史眼とが、同じ人物の評価をいくらでも変えることは起り得る。歴史は人間がつくる。人間でなければ歴史を動かすことはできない。であるから、歴史の真実を知るためには探求すべきは人間であって、逸話や美談でないことはいうまでもない。そう考えるゆえに、乃木大将という人間を丁寧に追ってみたのであるが、正直にいってついにわからなかった。」(p.415)

とある。そして、これにつづけて、

「そしていまは、乃木さんという軍人は、近著『日本型リーダーはなぜ失敗するのか』で紹介したまさに”日本型リーダー”であって、それ以外の何ものでもないという結論に達している。」(p.415)

となっている。

さて、この第二巻は、旅順攻略をメインに描いている。ところで、最初からこの本(第二巻)を読んでいくと、このようなことばがある。

「士はおのれを知る者のために死す」とは司馬遷『史記』の言葉である。」(p.29)

この箇所は、海軍において、東郷平八郎について書かれたものであるが……いずれ第三巻は日本海海戦を描くことになるのだろう。そこで、東郷平八郎のために命をかけて戦ったたものたちと、旅順攻略のための乃木希典のために命をかけて戦ったものたちとのちがいは、何になるのであろう……このようなことを、頭の片隅において、この巻を読むことになった。

で、この第二巻を読むかぎりでは、よくわからないというのが、これまた、正直な感想である。だが、これは、この本(第二巻)がつまらないという意味ではない。陸軍の遼陽会戦、海軍の黄海海戦に十分なページをつかってある。もちろん、旅順攻略がメインになることはいたしかたないとしても。もし、自分が乃木希典の指揮下にある軍人・兵士であったなら、乃木のために死をいとわないであろうか、このようなことを考えながら読んでみたのだが、私の結論としても、やはりわからないとしかいいようがない。

この第二巻も、やはり第一巻と同じく、「歴史探偵」の視点で描かれている。それを特徴付けるのは、次のような点においてである。

第一に、資料・史料・先行研究を充分に尊重しながらも、「歴史研究」として書いているのではない、という立場。それらを利用しながらも、どのような「歴史」を描くかに重点がおかれている。そのひとつとして「民草」がどのように、その戦争をとらえていたかという視点の設定がある。

第二に、後の太平洋戦争当時の主要人物(軍人)の若いときの姿が登場する。ここに出てきたこの人物が、後の太平洋戦争でこのような判断をしたので、という記述がいくつかある。そのような視点から、日露戦争と太平洋戦争をつないで見る視点を設定していること。

このような視点の設定が「歴史探偵」と自称するゆえんかなと思って読んだ。

ところで、この第二巻を読んでいて、興味深かったことのひとつ。著者は、日露戦争に従軍した兵士・軍人などの手記を、ところどころに引用している。あまり煩瑣になる、あるいは、あまりにも陰惨な描写が多いので割愛するとことわってはあるが、それでも、要所要所に、手記などの引用がある。これらを読むと、著者がその引用をためらうほどに、その戦闘の悲惨さ伝わってくるものがある。いわば、戦闘のリアリズムの文章になっている、といえばよいであろうか。まさに鬼哭啾々である。

近代の日本語というものを考えるとき、小説の文章や、新聞・雑誌の文章を考えることが多いかもしれない。だが、その一方で、おそらく初等(せいぜい中等)教育をうけたであろう、一般の「民草」の残した手記が、現代のわれわれに充分に読めるものとして残っているのである。このことは、近代の日本語の歴史、文章の歴史ということを考えるとき、見過ごすことのできないポイントであると感じた。

日露戦争のときに従軍しているということは、明治になってからの近代的な教育をうけて育った人間ということになる。そのような人間がのこした文章が、今のわれわれに戦争の現実を伝えてくれている。

近代の日本語については、「国語」として、いろいろ批判することはできるかもしれない。だが、それだけではなく、近代的な国語教育の一つの成果が、残された手記などの文章に見ることができる、このような発想で考えることもあっていいのではないか。狭義の文学史に見ることのできない、日本語の文章の歴史の一端をここで見ることができる。