『真田丸』あれこれ「幸村」2016-10-11

2016-10-11 當山日出夫

『真田丸』2016年10月9日、第40回「幸村」

結局、この回は、方広寺の梵鐘の一件、要するに、家康が豊臣を滅ぼす方針をかためるまでのみちすじ、それから、信繁が幸村と名乗って、豊臣につくことになる、これだけのことであった。

感想をいえば……方広寺の梵鐘の件は、これは口実として、では、なぜ、徳川は豊臣を滅ぼさねばならなくなっていたのか、そこのところの、歴史的(政治的、社会的、経済的)経緯が、描かれていなかった。これは、わざと省略して、ただ敵対することにしたのだろうが、できれば、大阪の陣にいたるまでの、各大名の動きや、初期の徳川幕府の体制のあり方など、描けなかったものかと思ったりする。

それよりも、問題は信繁(幸村)である。豊臣のために戦うことを、いったんは断る。しかし、延々とした回想シーンの後、決心を固めたようである。それを、一言でいえば「宿命」ということになろうか。自分は豊臣のために、徳川と戦うことになる、そのような「宿命」のもとに生まれ生きてきたのである、それを確認するための、回想シーンであったように理解される。

ここにきて、このドラマの初期のときの戦国大名・国衆のときのような、領土ナショナリズムもなければ、パトリオティズム(愛郷心)も、出てこない。また、真田のイエの意識もけしとんでいるようだ。ただあるのは、豊臣に対する「忠誠心」のみといってよいか。そして、自分が武士であるからには、その「忠誠心」は、徳川と戦うことによってのみ表現されるものである。

大河ドラマでは、戦国時代を描くことが多い。そのとき、登場人物の行動の原理になるもの……エトス、をどう描くか、ここに私の関心はある。この観点から見て今回の『真田丸』のエトスは、「忠誠心」ということになると理解していいのだろう。

そして、もし、このドラマ『真田丸』が成功作となるのであれば、それは「忠誠心」を描いたドラマとして、ということになる。この「忠誠心」は、「現代」の日本では、表現しようとすれば、あまりにも無残な姿になるにちがいない。「現代」が失ってしまったものとしての「忠誠心」への、かすかなあこがれのようなものを感じ取ることができるかもしれない。

ところで、この意味では、来年の『おんな城主 直虎』は、時代的状況から考えて、主人公のエトスになるものとして「忠誠心」は出てこないだろうと思う。ではどうするのか、このあたり今から気になっている。言うまでもないことだが、よくできた時代劇というものは、「現代」を描いているものなのである。