柳田国男「浜の月夜」「清光館哀史」2016-10-21

2016-10-21 當山日出夫

書斎の床の上につんだままになっていた。『日本近代随筆選』(岩波文庫、全3冊)。

ときどき手にとって、きままにページをくっているのだが、ふと「浜の月夜」「清光館哀史」が目にとまった。第一冊「出会いの時」所収。「浜の月夜」「清光館哀史」が、連続して掲載になっている。この本、原則、一人の著者につき一作品しか収録していないにもかかわらず、この箇所だけは、例外的なあつかいになっている。

千葉俊二・長谷川郁夫・宗像和重(編).『日本近代随筆選 1 出会いの時』(岩波文庫).岩波書店.2016
https://www.iwanami.co.jp/book/b243810.html

筆者は、いうまでもなく柳田国男。

この文章については、すでに触れたことがある。

やまもも書斎記 2016年8月15日
ちくま学芸文庫『なつかしの高校国語』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/08/15/8152283

この二つの文章、『筑摩書房 なつかしの高校国語』にも掲載になっている。

筑摩書房編集部(編).『名指導書で読む 筑摩書房 なつかしの高校国語』.ちくま学芸文庫.2011.筑摩書房
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480093783/

ここでも「浜の月夜」につづいて「清光館哀史」が掲載になっている。この二つの文章、連続しているものとして読んでいる。だが、もともとは別々に書かれたものが、『雪国の春』を編纂するときに一緒になったものである。

柳田国男.『雪国の春』(角川ソフィア文庫).角川学芸出版.2011新版(1956年初版)
http://store.kadokawa.co.jp/shop/g/g201108000861/

まず、「浜の月夜」で、清光館と称する宿にとまったこと記される。それをうけて、

「お父さん。今まで旅行のうちで悪かった宿屋はどこ。/そうさな。別に悪いというわけでもないが、九戸の小子内の清光館などは、かなり小さくて黒かったね。」

とつづくところに、この文章の妙味がある。

ちくま学芸文庫版で読んで、角川文庫版で読んで、さらに、岩波文庫版で読んで……しみじみと、時代を経てしまったものだ、ということを感じる。もうこのようなのどかな文章を書いている時代ではないだろう。

SNSでは、ちょっと旅行に出れば、旅先の写真がつぎつぎとアップロードされる。この駅につきました。こんなお店にはいりました。いま、こんなものを食べています・・・

これはこれで、今の時代としてのあり方なんだろうなとは思うものの、「浜の月夜」「清光館哀史」の文章を読んでみると、今よりのんびりしていたかもしれないが、しかし、それだけにかえって濃密な時間の流れがあったように感じる。現代、これらの文章を読んで感じ取るべきものがあるとするならば、時間の流れに対する感覚の違い、とでもいうべきものになるだろうか。

「浜の月夜」を書いて、何年か後になって「清光館哀史」を書いて、本にするとき、連続するように編集する。いまでは、もうこんなふうにして文章を書き、本をつくっていくという時代ではないのかもしれない。
「浜の月夜」は、大正9年。朝日新聞に「豆手帖」連載。
「清光館哀史」は、大正15年。『文藝春秋』。
『雪国の春』にまとめられるのは、昭和3年。岡書院。
そして、今、私たちは、この二つの文章を連続するものとして鑑賞している。(以上、角川文庫の解説による。)

それ以前に、人が旅にでて感じるものが変わってしまったようにも思える。かつて柳田国男が清光館というふるびた小さな宿に泊まって、感じたこと、思ったこと、その土地と人びとへのまなざし。それを、数年後に、同じ土地をたずねて、ふりかえっている。そこでの感慨。そして、それを本にするときに、めぐりあわせる。

ところで、「日本近代随筆選」は、しまいこんでしまわずに手元においておきたいと思ってそばにおいてある。といっても、書斎の床の上にであるが。

たとえば、「末期の眼」(川端康成)。昔、何かで読んでいたはずの文章なのだが、今、読み返すと、この文章を書いた人間が、あのような最期をむかえることになった……忘れていたわけではないのだが、改めて気づかされる。