岡茂雄『本屋風情』2016-10-22

2016-10-22 當山日出夫

柳田国男の『雪国の春』については、触れた。

やまもも書斎記 2016年10月21日
柳田国男「浜の月夜」「清光館哀史」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/10/21/8233186

ここで、「浜の月夜」と「清光館哀史」が一緒になったのは、『雪国の春』の刊行の時と書いておいた。昭和3年刊、岡書院。この岡書院の岡茂雄の書いた本が、『本屋風情』である。

岡茂雄.『本屋風情』(中公文庫).中央公論社.1983 (原著、平凡社.1974)

今では、もう売っていないようである。

これをよむと、「よくぞ生まれた『雪国の春』」という文章がのっている。読むと、興味深い。冒頭を引用する。

「昭和二年十一月下旬のある日、陽も落ちて燈火のの冴える頃であった。柳田(国男)先生が電話で「すぐ朝日(新聞社)へきてくれないか」といわれたので、何事かと思い、車を呼んで駆けつけた。先生は当時朝日新聞社の編集局顧問で論説を担当しておられた。(中略)先生は改まった面持ちで「君は岩波(茂雄)君と親しいようだから、本(出版)を頼んでくれないか、一月にはどうしても出したい本なんだ」といわれた。」(p.88)

活版の時代である。現代のようにデジタルデータで原稿がそろっているという状況ではない。11月に話しをして、1月には本を出したいというのは、無理だろう・・・と、まあ、常識的には考える。

しかし、この本『雪国の春』は、柳田国男としては、岩波書店から出したい意向のようだったらしい。それが無理と判断して、岡書院から出ることになった。そして、その岡書院は、なんとかそれを実現してくれたことになった。

読むと、いそいだ出版だったらしいので、いろいろトラブルがあったようだ。1台(16ページ)、印刷しなおし、というようなこともあったらしい。

そして、最後に次のようにあるのが印象的である。

「十二年の後、S社から何々選書の仲間入りをして再刊されたが、国民服をまとうたような恰好で現われ、掛けた襷字を見なければ『雪国の春』と知ることもできないような姿を、侘しく眺めなければならなかった。」

さもありなん。『雪国の春』におさめられた文章は、国民服にはふさわしくない。昭和(戦前)の世相をあらわす出版史のひとこまかもしれない。

なお、この岡書院という出版社。戦前の言語学・民族学などの分野で名をのこしている。言語学関連では、この『本屋風情』に登場する本としても、
『アイヌ叙事詩/ユーカラの研究』生誕実録
『分類アイヌ語辞典』と金田一博士
ソッスュール『言語学原論』を繞って
『広辞苑』の生まれるまで
などの文章が収録になっている。国語学・日本語学研究史としても、興味深い内容である。