川本三郎『物語の向こうに時代が見える』2016-11-09

2016-11-09 當山日出夫

川本三郎.『物語の向こうに時代が見える』.春秋社.2016
http://www.shunjusha.co.jp/detail/isbn/978-4-393-44420-7/

川本三郎は、文芸評論家、映画評論家、とでもいえばいいのだろうか。私の今の生活では、映画は見ないことにしているので(ただ、今のシステムの映画館に行くのが億劫なだけなのだが)、映画関係の本は読まない。しかし、文芸評論、評伝の類は、読む。そのような人としての、川本三郎の本である。

あつかってあるのは、基本的に現代小説ばかり。はっきりいって知らない作家・作品が多い。それでも、この本を通読すると、文学の向こうに、日本の時代……戦中から戦後、高度経済成長の時代、バブルから、その後の地方の凋落……が見えてくる……まさに、この本のタイトルどおりである。

国語学・日本語学というような分野で仕事をし、教えてもいる人間としては、現代小説も、読んでおかねばならない。当たり前のことだが、いざ、実行するとなると、意外とハードルが高い。なぜだろう。

現代文学というものについて論じることは、おそらく現代日本語の研究にあまり役立つということもないように思えるし、いや、そのような方向に現代日本語研究の動向があるというべきなのであるが、また、現実に、大学の日本文学科というようなところで、現代日本文学に接する機会というのは、意外と少ない。(これが、近代にまで時間がひろがると、研究資料としてあつかう機会が多くなるのだが。)

現代日本文学について語るのは、「文壇」に通じた文芸評論家の仕事、そんな感じがしないでもない。いや、だからこそ、研究者の視点をもったうえで、現代日本文学に向かっていく必要があるにちがいない。

あつかってある作品は、どちらかといえば暗いイメージの作品が多い。特に、過疎化のすすんだ地方都市を舞台とした作品を、筆者(川本三郎)は多くとりあげている。北海道を舞台にした、桜木紫乃の作品に多く言及してある。それから、本書の最後に登場するのは、水村美苗、黒井千次。「老い」と「死」がテーマである。

川本三郎の本、その文芸評論の仕事からは、時代が見えてくる。そのような仕事の一つとして、本書は位置づけられることになるのだろう。現代の問題としては、「過疎」であり、「老い」「死」である。このようなテーマに、おのずと収斂していくこの本の評論は、まさに、現代という時代に生きる人間にとって、その生き方を考えることにつながる。

現代文学を論じていながら、その視線は、日本古来の古典の文学の流れをうけついでいる。いい本を読んだという読後感の本である。