定本漱石全集2016-11-25

2016-11-25 當山日出夫

新しい「定本 漱石全集」(岩波書店)である。
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/Soseki/img/all3.pdf

これは、はたして買う価値があるのか……特に、旧版(1993年)を持っている人間にとってはどうなんだろうか。まだ、どうしようか迷っているのが正直なところである。(でも、たぶん、買うことになると思っている。新しい全集で、漱石の作品を新たに順番に読んで生きたい気もする。)

『漱石全集物語』を読んで興味深いと思ったところ。それは、岩波書店が、最初の漱石全集を出したとき、予約・直販の方式をとったことである。書店を介してはいない。

やまもも書斎記 2016年11月24日
矢口進也『漱石全集物語』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/11/24/8259485

これは、出版史の問題になるが、現在のような書物の流通のシステムも歴史的にできあがってきたものである。ずっと昔、近代的な出版事業がはじまってから、このようであったわけではない。

広告を出して、予約・直販方式というのは、いまであれば、ネット販売にあたるといえるだろう。そのことを考えたうえで、では、なぜ、岩波書店は、今回の「定本 漱石全集」をネット販売しないのだろうか。

少なくとも、全巻予約の方式は、今回の全集ではとっていない。もう、そのような本の売り方をする時代ではないのかもしれない。

ネット直販で本(全集)を販売/購入する……この前例は、私にはある。小学館の『カムイ伝全集』(白土三平)である。これは、ネットで申し込んで、小学館から直販で買った。決済は、クレジットカード。

では、なぜ、このような方式(ネット販売、クレジットカード決済)が、岩波書店ではできないのであろうか。今では、古書店(日本の古本屋)でも、クレジットカードで本が買える時代である。

むろん、この方式をとれば、町の小売り書店を圧迫する、という理屈はあるのだろう。だが、小売り書店の存続のために出版があるのではないはずである。まず、出版があって、その上に、小売り書店が存在する。もともとの出版そのものが、なりたたなくなってしまえば、小売り書店も何もあったものではない。

ところで、私は、どのようにして本を買っているか。今では、基本的には、ネット書店に限定している。その理由は、履歴が残るからである。同じ本を二度買ってしまう心配がない。古書でも、ネット書店で買ってしまうことの方が、最近では多くなっている。

だからといって、街の書店に行くのが嫌いなわけではない。いや、いまだに好きな方であるし、できるならば、街の書店で本を買いたいと思う。だが、そのために、わざわざ自動車を運転して郊外の書店まで行くのも、無駄なような気がしている。昔のころのように、町中に住んでいて電車で毎日どこかにでかけるような生活を送っていれば、駅にある本屋さん(たいてい、ある程度の駅の近くには書店があったものである)で、買うのが一番いいだろう。

新書とか文庫……このごろでは、月のはじめごろに、主な新書・文庫の新刊をしらべて、ネット書店で注文しておくようになった。(これも、以前ならば、ある程度の規模の書店に行って、新刊の棚をみつくろっていたものである。)

書店ビジネスも、いま、曲がり角にきているのだろう。そのなかで、出版が今後どうあるべきなのか、また、「全集」のような出版がどうあるべきなのか、大きく変わっていくにちがいない。そして、読者のあり方も変わっていくだろう。

ただ、私としては、自分の読みたい本が手にはいればよい。この、読者が読みたいと思っている本が手にはいる、これが基本になると考える次第である。そのための書店であり、書籍の流通システムでなければならないと思う。