水島治郎『ポピュリズムとは何か』2016-12-29

2016-12-29 當山日出夫

水島治郎.『ポピュリズムとは何か-民主主義の敵か、改革の希望か-』(中公新書).中央公論新社.2016
http://www.chuko.co.jp/shinsho/2016/12/102410.html

最近の中公新書はいい本を出しているなと感じるなかの一冊である。タイトルは、ずばり「ポピュリズム」を前面にうちだしている。だが、その内容はというと、むしろ、「デモクラシー」について問いかけた本であるといえるかもしれない。それも、今後、21世紀のデモクラシーのあり方を問いかけている本として読めると思う。

この本、論点を、要所要所について、箇条書き方式で整理して書く方式をとってあるので、非常にわかりやすい。そして、この本については、多くの紹介などがWEBでなされるであろうから、特にここで内容を整理してみるなどのことはやめにしておきたい。

ただ、この本を読んで、私の思ったことをすこしだけ書いておくことにする。

第一に、ポピュリズム政党の事例として、ベルギーの例があげてある。ベルギーという国は、言語的には、フランス語とオランダ語の国である、これは、言語研究の常識的知識だと思う。そして、国家の言語として固有の言語、たとえば、フランスにおけるフランス語のようなものをもたない、同時に、多言語(フランス語・オランダ語)の国として、知られている。このようなことは知ってはいても、では、そのベルギーの国の内部で、言語がどのような状態であるのかまでは、知らなかった。

それが、この本で紹介してある、ベルギーのポピュリズム政党の活動して描き出されている。やはり、ベルギー国内において、フランス語とオランダ語の対立、それから、それに対しての様々な融和政策がある。それをふまえて、オランダ語地域の独自性をもとめて、ポピュリズム政党(VB)の活動がある。

国民国家と言語、また、民族という問題を考えるうえで、やはりベルギーという国で起こっていることは、非常に興味深いと言わざるをえない。

第二に、ポピュリズム政党とリベラルの親和性である。ポピュリズムの運動は、えてして、反移民、反イスラムという方向をもつ(ヨーロッパにおいては)。この運動の方針として、イスラムは、政教分離ではない、女性を蔑視している、などの論理を展開する。リベラルの先進的な価値観によりそう形で、運動を展開する。

つまり、リベラリズムの立場からは、ポピュリズム政党の主張を、批判できないのである。

以上の二点が、この本を読んで印象に残っているところである。このうち、特に後者の問題、ポピュリズムとリベラリズムの問題は、今後の、21世紀のデモクラシーの行方を考えるうえで、きわめて重要なポイントになると思う。

この本は、特に日本のことには言及することは避けているようである。時々、維新の会のことが登場する程度である。まだ、日本では、欧米のようにポピュリズムは、さしせまった「危機」ではないといえるのかもしれない。

だが、既成政党への政治不信がたかまり、それ以外に選択肢がないという状況になったとき、ポピュリズムが存在感をもってくる。この意味では、現代日本の既成政党が、今後どのような政権運営をするか、注目しなければならないだろう。

この本では、日本のポピュリズムの事例としては、維新の例が言及されているのだが、私がこの本を読んで感じるところでいえば、小池東京都知事も、ある意味では、ポピュリズムの動きにのって当選をはたした政治家であるといえるだろう。イギリスのEU離脱、アメリカのトランプ現象に目をうばわれるのではなく、この日本において、今後、ポピュリズムがどのように現れてくるのか注目しなければならない。

『ポピュリズムとは何か』は、ポピュリズムそのものに対しては、価値判断を保留している。いや、若干の否定的イメージをもちながらも、それを、いわば、民主主義の宿痾のようなものとして、とらえている。私には、そのように読める。

これからの日本の政治のあり方を考える上で、この本は価値ある仕事であると思う。