宮部みゆき『希望荘』2016-12-31

2016-12-31 當山日出夫

宮部みゆき.『希望荘』.小学館.2016
https://www.shogakukan.co.jp/books/09386443

宮部みゆきの作品としては、杉村三郎シリーズということになるが、先に刊行された作品……『誰か』『名もなき毒』『ペテロの葬列』……とは、ほぼ完全に独立している。この作品では、その後の杉村三郎が私立探偵として活躍する。

収録されているのは、「聖域」「希望荘」「砂男」「二重身(ドッペルゲンガー)」の四作の、中短編。

出たときに買って、前半の二作品「聖域」「希望荘」を読んだ。確かに、宮部みゆきの作品である、現代ミステリとして水準に達しているとは感じたのだが、特にこれはいいとは、正直思わなかった。

年末になって、各種のミステリベストが発表されると、週刊文春ミステリーベスト10にはいっている。四位。で、ともかく最後まで読んでみることにした。

『希望荘』は、「聖域」で、主人公・三郎が私立探偵をはじめることになって、事務所をかまえるところからスタートする。宮部みゆきの現代ミステリである。それなりに、現代社会のかかえるいろんな問題を、さりげなくおりこんである。「砂男」は、ちょっと時間がさかのぼって、主人公・三郎が、私立探偵をはじめるきっかけになる事件をおっている。そして、「二重身」である。

(これは書いていいことと思うので書くが)この作品「二重身」は、東日本大震災後の東京が舞台。この作品『希望荘』の始まりからは、かなり時間がたっている。ふむ、これは、作者が、東日本大震災の時の東京、そこに暮らす人びとの生活を描きたかったのか、と思って読んだ。これは、そのとおりである。今から数年前のこと、2011年の3月11日からしばらくの東京に生活する人びとの「実感」とでもいうべきものが、宮部みゆきらしい、落ち着いた、ほんわりとした筆致で描かれている。

だが、これだけでは、この本が、今年のベストに入るとは感じられなかったのだが……途中で気付いた、このトリックをつかいたかったのか……。

おそらく、多くの日本の人であれば知っているある有名な作品(広義にはミステリの範疇にはいる)でつかわれたトリックがここでもつかわれている。ここで、この作品名を書いてしまうことはしない。無論、細部にわたっては、トリックの意味や使い方はちがってきているが。

このトリックは、もう二度と他の作家はつかえないだろうなあ、と思ったのであるが、しかし、宮部みゆきは、ひょっとしたら、この作品「二重身」を書きたいがために『希望荘』に掲載の作品を書いていったのではないか、そう思ってしまう。

たしかに、ミステリの世界では、トリックの使い回しということは、よくあることである。だが、ここで、このトリックを、こういうふうにつかうとは、と思った。『希望荘』がベスト10にはいった理由は、このところにあるのか、と私としては思ったのである。