『蝉しぐれ』藤沢周平2017-01-23

2017-01-23 當山日出夫

藤沢周平.『蝉しぐれ』上・下(文春文庫).文藝春秋.2017(原著、文藝春秋.1988)
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167907730
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167907747

今年は、藤沢周平の没後20年。ということで、文春文庫で、それまでの文庫版を改版して、上下二巻にして、文字を大きくして刊行したもの。

この作品、以前の文庫本で、何度か読んでいる。電子書籍でも読んでいる。藤沢周平の主な作品は、以前、Reader(ソニー)で、読んだものである。今回、新しい文庫本が出たので、これも買って読んでみることにした。活字の大きな本は、読みやすい。(たぶん、私のように、そろそろ老眼になって、小さい文字の本がつらいという人も、この本の読者には多いのではないかと思う。)

何回かぶりに読み直してみて、やっぱりいいなあと感じる。もちろん、時代小説であるから、細かなことを言い出せばきりがない。瑕瑾とでもいうべき時代考証の問題など、いくらでもあるだろう。だが、これは、「時代小説」という、そのジャンルの中での作品である。細かな詮索は、野暮というものであろう。

新しい文庫本の解説では、この作品を「青春小説」としてとらえている。たしかにそうである。文四郎、逸平、与之助、この三人の登場人物による青春小説として読むことに異論はない。

だが、それだけではない。

強いていうならば、「教養小説」という側面もある。主人公・文四郎の成長が、その父の非業の死、仲間との交流、剣の修行、ふくとの淡い恋(のようなもの)、これらを織り交ぜて、描き出される。作品中で、文四郎は、確実に成長していっている。それを、読者は、文四郎の視点によりそって、じっくりと読むことになる。

さらにいえば、「剣術小説」でもある。文四郎の剣の修行、試合、秘剣・村雨、お福様(ふく)の脱出劇、刺客との暗闘・・・剣術小説としての見せ場もたっぷりとある。

これらの要素、「青春小説」「教養小説」「剣術小説」というような各要素が、北国の藩(海坂藩)を舞台に「時代小説」として展開される。そして、そのなかに、随所にでてくる、季節・風景の描写が、これまたいい。この小説の魅力は、その土地(鶴岡と考えられている)の、季節の風景の描写にあるといっても過言ではない。

また、しばらく時をおいて、読み直してみたいと思っている。ほかにも、『用心棒日月抄』『隠し剣』『三屋清左衛門残日録』『よろずや平四郎活人剣』など、読み直してみたいものである。