『千羽鶴』川端康成 ― 2017-02-26
2017-02-26 當山日出夫
川端康成.『千羽鶴』(新潮文庫).新潮社.1989(2012改版)
http://www.shinchosha.co.jp/book/100123/
この作品の成立の事情は、かなり複雑なようだ。連作短編ということで発表していったもの。昭和27年には、『千羽鶴』として、まとめられていた。その後、続編を書き続け、どこで終わるともなく、終了している。作者としても、ひとつの長編を書くというよりも、連作短編を書き継いでいって、あるところまでくれば、それで終わり、というようなことだったらしい。このようなこと、この新潮文庫本の解題(郡司勝義)に概略がしるしてある。
とりあえずは、『千羽鶴』として発表されたところだけを、ひとつの作品と見なしてもいいのだろう。このあたり、作品という「単位」が不明瞭である。これは、ある意味では、川端康成の文学創作の方法とでもいうべきことであるのか。
新潮社のHPには、つぎのようにある。
「父の女と。女の娘と――。背徳と愛欲の関係を志野茶碗の美に重ねた、川端文学の極致。」
まさにこのとおりの小説。
そのせいであろうか、『山の音』で感じたような、文学的感銘は、この小説にはない。いわば、登場人物の思いに共感するとでいおうか、そのような要素は、この小説には感じない。……まあ、普通に考えて、『山の音』の家庭の有様を我が身になぞらえて想像することはできても、『千羽鶴』のような人間関係を、実際に経験するような人間は、決して多くはないはずである。
しかし、そうはいっても、読んでいて、ふと、小説の琴線に触れるとでもいおうか、ああ、ここは川端文学の美学だな、と感じるところがいくつかある。
「夫人は人間ではない女かと思えた。人間以前の女、あるいは人間の最後の女かとも思えた。」(p.80)
「夫人が菊治に父の面影を見て、あやまちを犯したのだとすると、菊治が文子を母に似ていると思うのは、戦慄すべき呪縛のようなものだが、菊治は素直に誘い寄せられるのだった。」(p.99)
それから、次のような描写。
「夫人の骨の前で眼をとじた今、夫人の肢体は頭に浮んで来ないのに、匂いに酔うような夫人の触感が、菊治を温かくつつんで来るのだった。奇怪なことだが、菊治には不自然なことでもないのは、夫人のせいでもあった。触感がよみがえって来ると言っても、彫刻的な感じではなく、音楽的な感じであった。」(p.88)
自分が関係をもった女性が死んで、その骨を前にしての感想である。このような文章に接すると、はっとする。共感するというのではないが、想像の世界のなかで、このようなこともあり得るのか、その極致とでもいうべきところを、なんとなく感じる。このようなものこそ、文学的感性、美的感覚というのであろう。
文学といっても、それが書かれた時代、土地、社会によりそうようなものもあれば、それらから超然として、美的境地を描き出すようなタイプの作品もある。さしずめ、川端康成はその典型とでもいうべき作家であろう。川端康成の小説から、その「時代」を読み解くことはできない。しかし、その「美」の世界を鑑賞することはできる。いや、そのようにしか読めない、といった方がいいだろうか。
この『千羽鶴』に描かれたような「美」の世界に共感するもの、それは、さらにいえば、時代や民族といったものをつきぬけてしまう。いわば、普遍的な世界に達しているとでもいえようか。この意味において、川端康成が、ノーベル文学賞を受賞したということは、理解できる。
私のわかいころ、学生のころ、川端康成は、まだ現役の作家だった。ノーベル文学賞の受賞のことは記憶にある。そのこともあって、その作品のいくつかは読んだものであるが、『伊豆の踊子』とか『雪国』ぐらいは、なんとか理解できても(そのつもりになることはできても)、『山の音』などは、はっきりいってわからなかった。それが、ようやく、このごろ……自分も年をとってきたせいなのであろうが……『山の音』のよさを感じることができるようになった。しかし、『千羽鶴』の世界になると、自分の文学的感性を極限にまではりつめて読まないと、感じ取ることができない。だが、その世界の一端なりとも、感じ取れるかなという気はしている。たとえていえば、川端康成の「美」の世界からの木漏れ日の影を、かすかに感じ取る、とでもいえばいいだろうか。
だが、それは、「背徳の美」でもある。
年をとって、ようやく川端康成の「美」の世界を感じ取れるようになってきた、あるいは、逆に、年をとったにもかかわらず、まだそれを感じ取ることができる。川端康成の作品に「美」を感じ取れるうちに、本を読んでおきたいと思う。
川端康成.『千羽鶴』(新潮文庫).新潮社.1989(2012改版)
http://www.shinchosha.co.jp/book/100123/
この作品の成立の事情は、かなり複雑なようだ。連作短編ということで発表していったもの。昭和27年には、『千羽鶴』として、まとめられていた。その後、続編を書き続け、どこで終わるともなく、終了している。作者としても、ひとつの長編を書くというよりも、連作短編を書き継いでいって、あるところまでくれば、それで終わり、というようなことだったらしい。このようなこと、この新潮文庫本の解題(郡司勝義)に概略がしるしてある。
とりあえずは、『千羽鶴』として発表されたところだけを、ひとつの作品と見なしてもいいのだろう。このあたり、作品という「単位」が不明瞭である。これは、ある意味では、川端康成の文学創作の方法とでもいうべきことであるのか。
新潮社のHPには、つぎのようにある。
「父の女と。女の娘と――。背徳と愛欲の関係を志野茶碗の美に重ねた、川端文学の極致。」
まさにこのとおりの小説。
そのせいであろうか、『山の音』で感じたような、文学的感銘は、この小説にはない。いわば、登場人物の思いに共感するとでいおうか、そのような要素は、この小説には感じない。……まあ、普通に考えて、『山の音』の家庭の有様を我が身になぞらえて想像することはできても、『千羽鶴』のような人間関係を、実際に経験するような人間は、決して多くはないはずである。
しかし、そうはいっても、読んでいて、ふと、小説の琴線に触れるとでもいおうか、ああ、ここは川端文学の美学だな、と感じるところがいくつかある。
「夫人は人間ではない女かと思えた。人間以前の女、あるいは人間の最後の女かとも思えた。」(p.80)
「夫人が菊治に父の面影を見て、あやまちを犯したのだとすると、菊治が文子を母に似ていると思うのは、戦慄すべき呪縛のようなものだが、菊治は素直に誘い寄せられるのだった。」(p.99)
それから、次のような描写。
「夫人の骨の前で眼をとじた今、夫人の肢体は頭に浮んで来ないのに、匂いに酔うような夫人の触感が、菊治を温かくつつんで来るのだった。奇怪なことだが、菊治には不自然なことでもないのは、夫人のせいでもあった。触感がよみがえって来ると言っても、彫刻的な感じではなく、音楽的な感じであった。」(p.88)
自分が関係をもった女性が死んで、その骨を前にしての感想である。このような文章に接すると、はっとする。共感するというのではないが、想像の世界のなかで、このようなこともあり得るのか、その極致とでもいうべきところを、なんとなく感じる。このようなものこそ、文学的感性、美的感覚というのであろう。
文学といっても、それが書かれた時代、土地、社会によりそうようなものもあれば、それらから超然として、美的境地を描き出すようなタイプの作品もある。さしずめ、川端康成はその典型とでもいうべき作家であろう。川端康成の小説から、その「時代」を読み解くことはできない。しかし、その「美」の世界を鑑賞することはできる。いや、そのようにしか読めない、といった方がいいだろうか。
この『千羽鶴』に描かれたような「美」の世界に共感するもの、それは、さらにいえば、時代や民族といったものをつきぬけてしまう。いわば、普遍的な世界に達しているとでもいえようか。この意味において、川端康成が、ノーベル文学賞を受賞したということは、理解できる。
私のわかいころ、学生のころ、川端康成は、まだ現役の作家だった。ノーベル文学賞の受賞のことは記憶にある。そのこともあって、その作品のいくつかは読んだものであるが、『伊豆の踊子』とか『雪国』ぐらいは、なんとか理解できても(そのつもりになることはできても)、『山の音』などは、はっきりいってわからなかった。それが、ようやく、このごろ……自分も年をとってきたせいなのであろうが……『山の音』のよさを感じることができるようになった。しかし、『千羽鶴』の世界になると、自分の文学的感性を極限にまではりつめて読まないと、感じ取ることができない。だが、その世界の一端なりとも、感じ取れるかなという気はしている。たとえていえば、川端康成の「美」の世界からの木漏れ日の影を、かすかに感じ取る、とでもいえばいいだろうか。
だが、それは、「背徳の美」でもある。
年をとって、ようやく川端康成の「美」の世界を感じ取れるようになってきた、あるいは、逆に、年をとったにもかかわらず、まだそれを感じ取ることができる。川端康成の作品に「美」を感じ取れるうちに、本を読んでおきたいと思う。
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