『天子蒙塵』(第二巻)浅田次郎2017-03-15

2017-03-15 當山日出夫

浅田次郎.『天子蒙塵』(第二巻).講談社.2016
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062203708

やまもも書斎記 20171月4日
『天子蒙塵』(第一巻)浅田次郎
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/01/04/8302238

第一巻と二巻と、同時に買ったのだが、二巻の方が、読むのがおそくなってしまった。しばらく積んであった。

この本、第一巻の続きと思って読むと、面食らう。この第二巻は、これはこれで、独立した一つの物語をなしていると思って読んだ方がいい。第一巻は、清朝の最後の皇帝・溥儀の側室の「かたり」でなりたっていた。しかし、この第二巻になると、もう登場しない。第二巻は、満州国をめぐっての物語になっている。

満州国……この本では「満洲」の用字がつかってある……張作霖の死から、満州事変、そして、満州国の成立、このプロセスは、日本近代史のなかで、ことに注目すべきところだろう。結局、日中戦争になり、さらには、太平洋戦争へと発展していく、そのとっかかりのできごとである。

この本、物語において、著者(浅田次郎)の採用した方式は、群像劇である。溥儀をはじめとして、永田鉄山のような実在の人物、さらには、劉文秀のような架空の人物をとりまぜて、あまたの人物の視点から、張作霖の死から満州国建国までのあたりを、大河ドラマのように描こうとしている。

そして、これが成功したかどうかになると……私の評価としては、微妙だなというところ。そのように感じるの次の二点に整理できようか。

第一には、近現代史のこのあたりのことになると、文学作品としての小説よりも、歴史的事実そのものの方が面白い。あるいは、興味深く叙述することができる。

たとえば、
やまもも書斎記 2017年3月10日
『とめられなかった戦争』加藤陽子
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/10/8398878

のような本の方が、面白い。重厚な歴史書というわけではないが、日本が、日中戦争へと突き進んでいく歴史を、非常に簡潔でわかりやすく、また、興味深いものとして、叙述してある。

「事実は小説より奇なり」というが、どうも、近現代史、満州事変あたりのことになると、事実そのものの方が、面白いと言ってもよいように思える。(無論、どのような歴史観で、どのように叙述するかということもあるのだが。)

第二には、浅田次郎は、その経歴、自衛隊体験の故であろうか、軍隊を描くとき、下士官、兵卒の視点にたって描くことは、きわめてうまい。

たとえば、
やまもも書斎記 2017年3月8日
『帰郷』浅田次郎
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/08/8396413

しかし、士官、司令官、あるいは、為政者という立場の人間、そのエトスを描くには、適していないと思われる。これも、時代がさかのぼって、このシリーズの最初『蒼穹の昴』のような時代になれば、想像力の世界でどのようにでもなる。

だが、近現代の歴史、まだ、その記憶がのこっている時代について、為政者の視点で、小説として語るには、その資質が向いていないと思わざるをえない。軍閥、馬賊ぐらいなら、浅田次郎の本来の面目である語りで表すことができるかもしれないが、正規の軍隊の士官・指揮官、政治家となると、逆に作用する。むしろ、その人物を矮小化してしまいかねない。

以上の二点が、この作品について思ったところである。

さらに付け加えるならば、中国と日本の近現代史を群像劇で描くというこころみは、それなりに評価されていいことだと思う。えてして、日本の悪行だけを描くことになったり、中国が純粋無垢な善であるかのごとき、一般的な歴史書にくらべれば、総合的に、いろんな立場から歴史の出来事を見てみようということは、これはこれとして、非常に価値あることだと思う。だが、それが、成功しているかどうかは、また、別問題とすべきだろう。

この作品、まだ、第三巻以降につづく。その流れのなかで、再度、読み直してみれば、感じ方も変わってくるかもしれない。