国語語彙史研究会(115回)に行ってきた2017-04-24

2017-04-24 當山日出夫

土曜日(2017-04-22)は、第115回の国語語彙史研究会。同志社大学まで行ってきた。

たまに、街中に出たせいか、何かの花粉などのせいか、翌日の日曜日は、もうひとつ調子がよくなかった。前日の帰りがおそいにもかかわらず、朝一番におきて、子どもを、仕事に送って行く(駅まで)という仕事があったせいもあるのだろうが。

もう還暦をすぎると、特に新しい研究分野に手を出そうという気はなくなってきている。しかし、それでも、国語学の分野で、若い人達が何を考えて、どんな研究をしているのかに、ふれる機会としては、非常に刺激になる。

今回の研究会は、どちらかというと若い人達が中心の発表が多かった。ただ、おおまかな感想を述べるならば、部分的には精緻な考察がなされれているのだが、その発表全体として、何がいいたいのか、いまひとつはっきりしない、という印象だった。とはいえ、最新の若い人達の考えることに触れるよい機会であったと思う。

懇親会は、会場(良心館)の通りをはさんだ、寒梅館の一階のレストラン。ここは、これまで、同志社で研究会などがあったとき、何度かつかったことのある店。

この懇親会では、もう恒例になってしまったかのような感じで、私が、開始の乾杯の挨拶。といって何を話すのでもないが……もう還暦をすぎたので、特に新規の研究をおいかけるというよりも、昔読んだ、古典、名著というようなものを読んで過ごしたいと思っている、岩波文庫とか。それから、日本思想大系など、今では、古書店で安く手に入る時代になったし。まあ、このような話し。

懇親会は、比較的早く終わったので、若い人(奈良女子大学、東京大学)と一緒に京都駅まで行く。手近な店で、かるくビールでも飲みながら、年寄りの雑談。

昔、学生のころには、コンピュータがなかった。論文などは、手作業でカードをつくって、並べて、原稿用紙に万年筆で書いた。それが、パソコンが登場してから、使い始めた。人文学系の研究者としては、パソコン利用の第一世代になるだろう。

それが、今の若い人であれば、デジタル・ネイティブという環境の中でそだってきている。そのような若い人達にとって、昔の手作業のときの研究の話しなど、ある意味で興味のあることかもしれないと思う。

コンピュータの登場によって、何が変わったか、何が変わらないでいるか、このあたりのことを、人文情報学の歴史として、そろそろまとめるような仕事があってもいいのではないかと思っている。

次に学会に出るとすると、訓点語学会(京都大学)になる。それまでには、書斎の本の整理などしてしまおう。あるいは、メインにつかうコンピュータを、今のWin7から、Win10に置き換えてもいいかと思っている。プリンタとスキャナのドライバがあえば、特に問題はない。

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