『ブッデンブローク家の人びと』トーマス・マン(その六)2017-05-11

2017-05-11 當山日出夫(とうやまひでお)

つづきである。
やまもも書斎記 2017年5月10日
『ブッデンブローク家の人びと』トーマス・マン(その五)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/05/10/8552184

この小説の本筋とは関係ないことだが気になったことなので、書き留めておくことにする。それは、アーカイブズということについてである。

アーカイブズは、何も公的な公文書だけが対象であるのではない。個人のもの、家のものもある……このようなことは、アーカイブズ学の入門書を読めば書いてある。だが、個人、家のアーカイブズといって、日本ではどうもいまひとつどんなものか想像できないでいた。たぶん、アルバムとか日記などをさしていうのだろうと思っていた。あるいは、江戸時代の古文書(商家などの)をいうのだろうかと思っていた。

だが、『ブッデンブローク家の人びと』を読むと、おそらくこれがこの家、ブデンブローク家のアーカイブズなんだな、という場面がいくつか登場する。家族に起こったできごと、出産、結婚、死亡などの記録を書き留めたものがある。なにか、家族にできごとがあったとき、その時の家の長であるもの(コンズル)が、それに記入する場面が、何度となく登場する。そして、そのアーカイブズは、代々にわたって引き継がれ、書き継がれていくものとしてある。

作中では、特に「アーカイブズ」の用語はつかっていない。しかし、アーカイブズ学の予備知識をもって読むと、これがこの家のアーカイブズなんだなと理解される。

たぶん、ヨーロッパの市民社会において、各家の記録をなにがしかの文書にしたためてまとめて保存しておくということが、一般的になされていたのであろう。

このようなこと、小説の本筋とは関係がない。しかし、近代のヨーロッパ市民社会において、どのようにその一族が形成されていったのか、という観点からは、この家のアーカイブズの存在は意味のあるものだと思う。

なお、今般、デジタルアーカイブ学会ができる。ここに期待するところ、私としては少なからずある。といって、もう会員になって頑張ろうという気にはならないでいるのだが。静かに見守っていきたい。ただ、一言いっておけば、この近年の傾向……デジタルアーカイブの推進のなかにおいて、旧来の伝統的な紙資料、文書をあつかうアーカイブズ学への、リスペクトが必須であると思っている。

このような観点から、西欧近代社会におけるアーカイブズというものを、再度、日本においてもふりかえってみる必要があると感じている。

まずは通説を知る必要2017-05-12

2017-05-12 當山日出夫(とうやまひでお)

先日の日本語史の講義。古事記についてであった。

まず、黒板につぎのようなことを書いて説明する。

712年。太安万侶が、稗田阿礼の暗記していたことを、文字(漢字)で書いて書物にした。漢字だけで日本語を書いた、最古の文献である。ここには、日本の神話、歴史が書かれている。

このように書いたうえで、さらに次のように言った。

この黒板に書いてあるようなことを、そのまま文字通りに信じているような日本語史研究者、古代史研究者は、いません。書いてあることは嘘ではないが、しかし、専門家は、これらのことについて、さらなる疑義をさしはさむことで、研究をすすめている。だから、専門の研究書や辞典などをひいて調べようとすると、まず、このことを知らないといけない。

嘘ではない。しかし、研究者が本当のことと信じているわけではない、ということがある。大学以上の勉強は、そこを考えることにある。

これまで(高校まで)、学校の授業で、先生が語ること、黒板に板書して書くようなことは、本当のことであると思って学生は、これまでやってきたのであろう。だから、上記のような話しをすると、学生は、困惑したような表情をうかべる。

だが、大学で勉強しているのだから、ただ、教師が「正解」を語って、それを憶えるというだけのものではないはずである。通説とされるものがなんであるかを知ったうえで、それにクエスチョンマークをつけて考えることができなければならない。

どこをどのように疑ってかかるのが、学問的に妥当な問いかけであるかというのは、その先の議論にはなる。とはいえ、とりあえず、基本として、このようなことを知っていることを前提として、それへの疑義として、専門の研究がなりたつということは、これからの勉強で必要になってくることであろう。

なお、私が学生の時に学んだ、民俗学的な古代研究(折口信夫の系譜につらなる)では、古事記の成立、あるいは、稗田阿礼については、かなり大胆なことを考えたりしたものである。現在の私の講義では、それをうけるかたちで、稗田阿礼は、ひょっとすると、現代のAKB48のようなものであったのかもしれません、と言ってみたりもするのだが。(名前はあるのだが、一種の職能集団のようなもの。メンバーの入れ替わりがあって、代々その仕事がうけつがれていく。)

『白鯨』メルヴィル2017-05-13

2017-05-13 當山日出夫(とうやまひでお)

メルヴィル.八木敏雄(訳).『白鯨』(岩波文庫).岩波書店.2004

上巻
https://www.iwanami.co.jp/book/b247497.html
中巻
https://www.iwanami.co.jp/book/b247498.html
下巻
https://www.iwanami.co.jp/book/b247499.html

この作品も、若い時読みかけて、途中で挫折したような記憶がある。あるいは、ひょっとすると最後まで読んだかもしれないが、もうすっかり忘れている。今回、岩波文庫版の新しい訳で、全三巻を読んでみた。

読んでみて……これは、面白い。だが、いったいこの小説の何が面白いのかとなると、その返答にこまるような小説である。ただの海洋冒険小説ではない(無論、そのように読むことのできる作品ではあるが。)白鯨(モービィ・ディック)は、何を表象しているのだろうか。それから、エイハブとはいったい何者か。ひたすらモービィ・ディックを追い掛けるその姿は、何を意味しているのか。

そして、作品中にふんだんに登場する、クジラについての蘊蓄。(これは、現在の研究の水準からすると、いくぶん問題もあるようであるが、その点は、この翻訳は、ちゃんと注がついている。)そもそも、クジラとは何者なのか。ただの捕鯨の対象というだけではない、海に生きる何かしらえたいのしれない生きもののようである。そして、何のために、こんな衒学的なクジラについての蘊蓄が延々と記述されているのか。

いや、その前にこれは、そもそも「小説」なのであろうか。確かに19世紀半ばに成立したこの作品は、近代文学としての小説という形式があって、そのうえになりたっていることはたしかなのであるが、しかし、語り手(イシュメール)は、単なる語り手でない。

また、その友となるクイークェグというのは、どう意味の存在なのであろうか。ただの航海、捕鯨の仲間ではない。終生の親友ともいえないようだ。クイークェグは、キリスト教徒ではない。白人(キリスト教徒)からすれば、異民族であり、異教徒である。そして、ふたりは、仲良く意気投合する以上の関係にあるようだ。イシュメールとクイークェグの人間関係も不可解な点が多い。

語り手である、イシュメールをふくめて、登場するものすべてが、何かしらの寓意をふくんだものとしてある。いったい何を表象しているのか。考えて見てもよくわからない。そして、この新しい岩波文庫版の解説をみても、寓意に満ちた小説であることは理解できるのだが、具体的に何を読みとるかということになると、読者にまかされているようである。

だが、寓意に満ちた小説は、そのまま読んでおけばよいのだと思う。そして、そこから、なにがしかのものを感じ取るところがあれば、それは、それとして、りっぱに文学として成り立っているのである。いや、この『白鯨』という小説は、下手な解釈を拒否して、ただその作品だけが屹立してなりたっているような感じさえする。

特に冒頭の章について、解説には、つぎのようにある。

「この冒頭の章は、『白鯨』が単なるイシュメールなる若者の個人的な成長と経験にかかわるビルドゥングスロマンでも、また単なる海洋冒険小説でもなく、全人類と全世界、いや全宇宙にもかかわり、さらにはアメリカそのものにもかかわる物語であるための基調をさだめる章でもある。」(p.437)

この小説を読んだ後、ああ読んだなという充足した読後感がある。と同時に、いったいこの物語は何なんだったんだろう、という疑念もいくぶん残る、そのような小説である。やはり、この作品が、世界文学のなかで名だたる名作として、読み継がれてきたのには、それなりの理由がある。そして、それは、いうまでもないことだが、自分の目で本を読んでみないことには、納得できないことである。全世界を表象するなにものかが、この小説のなかにはある。

とはいえ、若い時、この作品を読んであまり感心するところがなかったのも事実である。それほど、この作品のもつ寓意性というべきものは、いろんな解釈ができる。岩波文庫版の紹介文には「知的ごった煮」とある。この作品、ある程度の知的生活とでもいうべきものを経験した後でないと、そう簡単に分かるということはできないのかもしれない。

一般に文学というのは、ある程度年をとってから、読んでみて納得できるところのあるものでもあることを確認しておきたい。年をとってから文学を読む生活、というものもあってよい。

『ひよっこ』あれこれ「響け若人の歌」2017-05-14

2017-05-14 當山日出夫(とうやまひでお)

ひよっこ
http://www.nhk.or.jp/hiyokko/index.html

ひよっこ 第6週 響け若人のうた
http://www.nhk.or.jp/hiyokko/story/06/

今週は、みね子が東京の向島電機ではたらきはじめて、しばらくたったところ。見どころは毎日それぞれにあるが、気になっていることをいくつか。

第一は、やはりコーラスだろう。乙女寮に合唱部がある。そこに、自主的に、というか、半強制的に、入らされる。このあたりは、さらりと描いてあった。ともあれ、みね子にとって、みんなと歌うことは楽しいらしい。

ただ、実際にうたっているのは、登場人物たちではない。影武者(あまちゃん)である。とはいえ、登場した歌は、私も耳におぼえている。

印象的だったのは、「トロイカ」。ロシア民謡である。ナレーションで、ロシア民謡が日本ではやったのは、シベリア抑留の影響と説明があったのが、やはり時代を感じさせる。そのロシア民謡「トロイカ」は、子どものころによく耳にしたものである。ああ、子どものころによくこの曲を耳にしたなあ、と思いながら見ていた。

第二は、みね子たちの会社での生活。みんなで一緒に近所の銭湯に行って、1本15円のラムネを、三人でわけて飲む。そして、歌をうたいながら帰る。帰り道で歌っていた歌は、「見上げてごらん夜の星を」(坂本九)であった。

また、はじめての給料日。みね子は、もらった給料のほとんどを、故郷に送金してしまう。手元にはほとんど残らない。欲しいと思った服もかえない。そこに、故郷の母が手作りのブラウスをおくってくれる。

いかにも、という展開ではあるが、しかし、しんみりと心に染み入る描写であったと思う。

第三に、すずふり亭。母が送ってくれたブラウスを着て、みね子は赤坂のすずふり亭をたずねる。手には、父ののこしていったマッチ箱。

月1000円で生活しなければならないみね子にとって、すずふり亭はちょっと高い。手頃なところで、ビーフコロッケを注文していた。その味はどんなだったろうか。茨城の田舎から東京に出てきて、初めての給料をもらって、赤坂の街にでかけて食べた洋食の味である。

よかったのは、そのようなみね子をあたたかく見守っている、すずふり亭のひとたち。鈴子(宮本信子)をはじめ、すずふり亭のひとたちは、みね子を大事に思っていてくれるようだ。

これから、このすずふり亭は、ふかくドラマに関わっていくことになるのだろう。今のところ、いい人たちばかりという感じなので、安心して見ていられる。

以上の三点ぐらいが、印象にのこっているところか。

それから、最初の方でできた、故郷のおじさん。犬をつれていた。この空は、ビートルズのいるリバプールにつながっていると叫んでいた。自由をもとめている。東京で暮らし始めたみね子は、楽しく寮生活をおくっているとはいえ、自由からは、まだとおいように感じる。これから、みね子が、どのような自由な世界で生きていくのか気になるところ。

また、今週も、通奏低音のように、父の失踪が描かれていた。父の消息がわかりかけて安堵するみね子。だが、その心中は複雑なようだ。このまま父がみつからないでいてくれればとも、思ったりする。このような屈折した父への思いと、東京での寮生活、これらが、うまく描かれていたように感じたのであった。

『白鯨』メルヴィル(その二)2017-05-15

2017-05-15 當山日出夫(とうやまひでお)

つづきである。
やまもも書斎記 2017年5月12日
『白鯨』メルヴィル
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/05/13/8556408

メルヴィル.八木敏雄(訳).『白鯨』(岩波文庫).岩波書店.2004
上巻
https://www.iwanami.co.jp/book/b247497.html
中巻
https://www.iwanami.co.jp/book/b247498.html
下巻
https://www.iwanami.co.jp/book/b247499.html

この作品の本題とは関係ないのだが、日本の視点からみて、気になったことをちょっと書いておきたい。何のために捕鯨をしていたのか、ということである。

私の世代(昭和30年生)であれば、鯨肉というのは、身近な食料であった。小学校の教科書などにも、日本は、南氷洋にまででかけていって捕鯨をしている国であることが、堂々と書かれていたと記憶する。

それが、今では、国際世論のなかで、日本の捕鯨はおいこまれている。

だが、19世紀、アメリカも捕鯨をしていた。その理由は、油(鯨油)をとるためである。肉を食料としたかどうかは、この小説『白鯨』ではさだかではない。ただ、作品中にクジラの肉を食べるシーンは出てはくる。

この作品中では、クジラについての蘊蓄が傾けられている。このような箇所を読んでも、捕鯨の主な目的は、食肉ではなく、油だったようである。油をとった後の、クジラ、その肉はどうしていたのだろうという気がするが、そのことについては、書いていない。

現在の日本の捕鯨は、窮地にたたされている。その観点から、かつてアメリカだって捕鯨をしていたではないか、と言えなくもない。だが、この小説をそのような材料につかうのは、文学の本筋からは離れた議論になるだろう。

とはいえ、捕鯨という行為が、かつては、アメリカなどを中心として行われたいたのであり、その目的は主として油をとるためであった、このことは、歴史的な事実として理解しておいた方がよいのではないかと思う。

捕鯨の文化史、社会史という観点から見ても、『白鯨』という小説は、価値のあるものである。

なお、むかし、若い時、『白鯨』を読んで(たしか昔の岩波文庫版だったと思う)、とにかく印象にのこっていたのが、捕獲したクジラから、油をとるシーンである。捕鯨といっても、肉をとるんじゃないのか、という感じで憶えていた。

『おんな城主直虎』あれこれ「罪と罰」2017-05-16

2017-05-16 當山日出夫(とうやまひでお)

『おんな城主直虎』2017年5月14日、第19回「罪と罰」
http://www.nhk.or.jp/naotora/story/story19/

前回のは、
やまもも書斎記 2017年5月9日
『おんな城主直虎』あれこれ「あるいは裏切りという名の鶴」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/05/09/8550386

今回もまたネコがでてきていた。和尚様に抱かれておとなしくしていた。いいネコである。

今回については、主に次の二点か。

第一は、井伊というものの生き方である。これまで、今川の支配下にあるということでなんとかその存在を認められてきた。それが、今川が武田と縁を切ることになるらしい。すると、他の北条や上杉との関係がどうなるのか、また、松平との関係も気になる、といったところ。

大河ドラマの前作『真田丸』では、このあたりは、戦国乱世の世の中で、知謀と武略で生き延びる、「真田」の一族、というものが描かれていたように思う。そこには、当初は、信州、真田の郷へのパトリオティズムのようなものがあった。しかし、最終的には、真田という一族がどのように生き延びるかというところで、知謀の限りをつくすということであったように見た。

それに対して、今回の『おんな城主直虎』では、あくまでも、井伊谷を領地として支配する井伊の一族が、どのようにして生きていくか。そこには、武力という選択肢は、始めからないようだ。今川の支配下にあって、どのように生き延びていくか、このあたりが今のポイント。そこでのキーパーソンが、政次の存在ということなるのであろう。

政次の存在は、井伊の一族にとって決して望ましいものではない。しかし、政次に頼らねば、井伊は生きていくことができない。このあたりのもどかしさが、直虎と政次との関係において、描き出されていた。

第二は、中世、戦国時代の領主は、武力だけで領民を治めるものではない。領地の経営にも苦心しなければならない。その一つが、綿の栽培である。はたして、中世において綿の栽培と、その加工、さらには商品としての流通はどのようなものであったか、ちょっと気になるところである。

領地の経営ということでは、山林もある。山の木が何者かに切られた。その犯人をめぐって、今川方との対立になりかける。

このあたり、中世の法制史の方からの議論は、どうなんだろうかと思って見ていた。犯人を捕まえたとして、その処罰は、誰がどのような法のもとで裁くことになるのか。領主の遵法意識というのは、どのようなものであったのか。

以上の二点ぐらいが、今回で気になったところである。

また、旅の男(柳楽優弥)の正体は明らかになっていない。たぶん、この人物の存在が、井伊の運命を左右することになるのかもしれないと思って見ていた。

戦国時代のドラマではあっても、この作品には、戦闘・合戦の場面が出てこない。そのような戦国ドラマもあっていいと思う。そうではなく、乱世の時代にあって、どうやって領地領民を守っていくのかに苦心する領主の生き方を描こうとしているのだろう。これが、どう面白い展開になるのかは、たぶん、この謎の旅の男にかかっていると感じている。

さて、次回もまだネコが出てくるだろうか。

『白鯨』メルヴィル(その三)2017-05-17

2017-05-17 當山日出夫(とうやまひでお)

つづきである。
やまもも書斎記 2017年5月15日
『白鯨』メルヴィル(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/05/15/8559378

メルヴィル.八木敏雄(訳).『白鯨』(岩波文庫).岩波書店.2004
上巻
https://www.iwanami.co.jp/book/b247497.html
中巻
https://www.iwanami.co.jp/book/b247498.html
下巻
https://www.iwanami.co.jp/book/b247499.html

私が、この小説、岩波文庫版(三巻)を読みながら付箋をつけた箇所、それは、「日本」ということばについてである。この小説には、かなり「日本」の用例がひろえる。

岩波文庫版(三巻)には、各巻に、地図(ピークオッド号の航路)が掲載になっている。それを見ると、船は、アメリカ東海岸から出発して、大西洋を南下。いったん、南アメリカによったあと、アフリカ南端からインド洋にはいる。そして、日本をめざしている。日本近海から、さらに太平洋を南下して、最後には沈没する、という運命をたどる。

ここで思い出すのは、やはりペリーである。このブログでも以前に言及したことがある。

やまもも書斎記 2016年6月11日
ペリーはどうやって日本に来たのか
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/06/11/8108879

やまもも書斎記 2016年6月30日
西川武臣『ペリー来航』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/06/30/8121187

ここで言及した、ペリーの日本来航の航路と同じである。ただ、『白鯨』のピークオッド号は、捕鯨しながらなので南アメリカの方にも行っているが。すくなくとも、アメリカの西海岸から、太平洋をわたって日本にやってきたのではない。大西洋からインド洋を経て、日本をめざした。

そして、これは、歴史の教科書にも書いてあったこと……ペリーの日本にきた目的は、日本近海で捕鯨をする船についての保護であった、と憶えている。

まさに、そのとおり、アメリカから、モービィ・ディックを追って捕鯨の航海をつづける、ピークオッド号は、ほとんどペリーのとった航路をなぞるように、日本近海をめざしてやってきている。

『白鯨』の原著の刊行は、アメリカで、1851年のことと解説にはある。ペリーが日本にやってきたのは、1853年である。ほぼ、同時期といってよい。

なぜペリーは日本にきたのか。そのころ、アメリカの捕鯨はどんなものであったのか。どのような航路をとってクジラを追っていたのか。そのようなことが、この小説を読むと、それなりに理解されるという面がある。

小説の本筋とは関係のないことかもしれない。しかし、ペリーの日本来航は、日本史の大事件である。その背景にどのような事情があったのか、すこしでも、この小説を読むことによって理解できるのではないかと思う。

『白鯨』メルヴィル(その四)2017-05-18

2017-05-18 當山日出夫(とうやまひでお)

つづきである。
やまもも書斎記 2017年5月17日
『白鯨』メルヴィル(その三)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/05/17/8562384

メルヴィル.八木敏雄(訳).『白鯨』(岩波文庫).岩波書店.2004
上巻
https://www.iwanami.co.jp/book/b247497.html
中巻
https://www.iwanami.co.jp/book/b247498.html
下巻
https://www.iwanami.co.jp/book/b247499.html

『白鯨』を読み終えて、やはり最後には、現代においてこの作品を読むとするならば、いったいどのように読めるか、ということを考えることになる。岩波文庫版の翻訳は、2004年時点のものである。この解説においては、たとえば次のようにある。

「アメリカはアフガンに侵入し、イラクにも多数の兵と武器をおくってなおも戦っているではないか。ブッシュをエイハブに、オサマ・ビンラディンを白鯨に、ピークオッド号を「アメリカ合衆国」そのものとするいくらかキッチュな寓話として『白鯨』をよむ読み方もひらけてくる。」(pp.438-439)

としながらも、D.H.ロレンスの説をひいている。孫引きになるが、その箇所を引用すると、

「モービィ・ディックのことを「白色人種の最深奥に宿る血の実態、われわれの最深奥にある血の本質である」と看破した。」(p.439)

また、ロレンスは、こうも言っているという(これも孫引きになるが引用する)、

「メルヴィルは知っていた。彼の人種が滅ぶ運命にあることを彼は知っていた。彼の白人の魂が滅ぶこと、彼の白人の偉大な時代が滅ぶこと、理想主義が滅ぶこと、『精神』が滅ぶことを」(p.439)

そして、解説(八木敏雄)では、つぎのようにある、

「これをどう読むか。おそらく読者の頭の数ほどの読みがあるだろう。しかしし、『白鯨』はいかなる読みにもいささかもたじろぐことなく、これからも悠然と豊饒な言語の海を泳ぎつづけていくことだろう。『白鯨』は本質的にはアレゴリカルな作品である、しかも多重にアレゴリカルなそれなのである。」(pp.439-440)

「アレゴリー=寓意」の作品として、この『白鯨』をとらえている。しかも、それは、多重であるという。

だが、そうはいっても、この作品を現代の視点で読むならば、トランプのアメリカ、自国第一主義をかかげるアメリカ、その自国の権益を表象するものがモービィ・ディックではないのか……このような読み方もゆるされるであろう。

また、もちろん、この読み方は、数年後には、また別の解釈にとって変わられるにちがいない。この意味では、『白鯨』という小説は、常に、「アメリカ」を表象する小説でありつづけることになるのかもしれない。そして、「アメリカ」を表象するということは、ある意味では、今日の国際社会を表象することにもつながる。今の国際社会のありかたを、ピークオッド号になぞらえて考えて見ることも可能になる。

このように考えたとき、最後に、モービィ・ディックと共に海に沈んでしまうピークオッド号の宿命には、暗澹たるものを感じずにはおれない。

『うたごえの戦後史』河西秀哉2017-05-19

2017-05-19 當山日出夫(とうやまひでお)

河西秀哉.『うたごえの戦後史』.人文書院.2016
http://www.jimbunshoin.co.jp/book/b241570.html

NHKの朝ドラ「ひよっこ」を見ている。ヒロイン・みね子たちの勤める工場には、合唱部がある。これには、社員は、なかば自主的に、なかば強制的に参加させられるようである。

はじめてみね子たちが、会社にやってきた時には、歓迎のコーラスがあった。「手のひらを太陽に」だった。それから、みね子たちも参加してうたっていた。ここでは、「トロイカ」が歌われていた。

私の世代(昭和30年生)では、さすがに、歌声喫茶の体験はないのであるが、しかし、歴史的な知識としては、そのようなものがあったことは知っている。番組でも、ナレーションで説明があった。

戦後、多くの「日本人」「国民」が歌をうたっていたといえるだろう。もちろん、学校での音楽の授業の延長ということもあるのかもしれないが、それだけではなく、職場などを単位として合唱団を組織するということが、ひろくおこなわれていた。

この本は、このような戦後の日本の合唱のありかたをあつかった本。

私が注目したのは、次の二点になる。

第一には、戦後の合唱ブームとでもいうべきものは、戦後になってから作られたものではなく、戦前からの連続性があるという指摘。太平洋戦争中、日本国民の一体感を高めるために、合唱がよくおこなわれていたという。この側面、戦前からの連続性のうえに、戦後の合唱をとらえる視点というのは、重要だと思う。

第二には、戦後の合唱の隆盛には、下から自然発生的に生まれた側面と、逆に、上から組織してつくった側面と、両方があるという指摘。これも、いわれてみれば、なるほどと納得のいくことである。ただ、自発的に始まったというものではないようであるし、同時に、上からの命令だけで組織されたというものでもない。両方の動きが相まって、合唱ということがおこなわれた。

本書の帯には、「民主主義はうたごえに乗って」とある。まさに、戦後日本の民主主義……みんなで共同してひとつの仕事をなしとげる……は、合唱に象徴されるといってもいいかもしれない。

以上の二点が、私が読んで特に気になったところである。そのほか、本書には、「うたごえ運動の歴史」とか「おかあさんコーラスの誕生」など、興味深い考察がなされている。

うたごえ運動……これはなにがしか左翼的なものではあるのだが……において、日本にもたらされたものとして、ロシア民謡がある、とある。「ひよっこ」でも、職場の合唱団では、「トロイカ」を歌っていたのを思い出す。番組のナレーションでは、シベリア抑留からの帰還者が、日本にもたらしたと説明があった。

日本でロシア民謡が人びとの合唱曲としてうたわれてきたその背景には、歴史的な背景があることがわかる。「トロイカ」は、私の子どものころ(小学校のころ)、よく耳にした記憶がある。この曲が日本で歌われる背景があることを知ってみると、いろいろ感慨深いものがある。

さて、今、合唱はどうなっているだろうか。学校を単位としての合唱はいまだにつづいている。コンクールもある。だが、その一方で、音楽の享受という面では、限りなく「個」にちかづいているともいえそうである。iPodやスマホなどでひとりで聞く音楽が、今の音楽の聴き方の主流であろう。

この本は、合唱というものについて、それなりの歴史があるということを教えてくれるいい仕事であると思っている。

『椰子の実』の歌詞を誤解していた2017-05-20

2017-05-20 當山日出夫(とうやまひでお)

私は、どうやら『椰子の実』(島崎藤村)の歌詞を誤解していたようだ。

NHKの朝ドラ「ひよっこ」を見ている。その中で、コーラスのシーンがある。今週は、『椰子の実』が歌われていた。

ヒロイン・みね子の働くような職場で、合唱がおこなわれていたことの背景については、すでに書いた。

やまもも書斎記 2017年5月19日
『うたごえの戦後史』河西秀哉
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/05/19/8565235

この放送では、歌詞もでていたのだが、次の箇所、

「おもいやる やえのしおじお」

この「しおじお」は、「汐々」であった。ここを、私は、てっきり、「汐路を」であると思ってこれまで聞いていた。

海岸にたどりついた椰子の実が、これまではるばる旅をしてきた海の道について思いをはせているのだとばかりおもっていた。これは、誤解だったようだ。(強いていえば、「汐々」であっても、「汐路を」であっても、そんなに意味は変わらないかもしれない。)

WEBで確認してみると、「汐々」となっている。

椰子の実
http://www.worldfolksong.com/songbook/japan/yashinomi.htm

この曲、自動車のなかで聞くことにしているCDにもはいっている。薬師丸ひろ子が歌っている。アルバム「時の扉」に収録。これを、MP3にして、SDカードにいれて、自動車のなかで聞いたりしている。

たぶん、この他にも誤解している歌詞はたくさんあるのだろうが、たまたま気付いたので書き留めておいた次第である。