『ボヴァリー夫人』フローベール2017-06-16

2017-06-16 當山日出夫(とうやまひでお)

ギュスターヴ・フローベール.芳川泰久(訳).『ボヴァリー夫人』(新潮文庫).新潮社.2015
http://www.shinchosha.co.jp/book/208502/

この本、いつものことだが、まず解説から読んだ。解説によると、フランス近代小説の傑作とのこと……なのであるが、私の読後感としては、あんまり感動しなかった。いや、つまらない小説という意味ではない。主人公に、今ひとつ感情移入して読むことができなかった。

訳のせいだろうか、あるいは、私が年を取り過ぎてしまったせいなのかもしれないと思ったりもする。もっと若くてみずみずしい感受性を持っている時期でないと、この作品に感動することはないのかとも思ったりした。

この作品については、近年、次の本が出ていることは知っている。

蓮實重彦.『『ボヴァリー夫人』論』.筑摩書房.2014
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480838131/

たぶん、フランス文学において、この作品の読解、理解、ということは、今でも、重要な研究テーマになっているのであろう、ということは理解される。また、新潮文庫の解説でも、文学史的な価値については、強く言及してある。

私が学生の時、履修(第二外国語)したのは、フランス語だった。その時、教科書に乗っている例文について、これは『ボヴァリー夫人』にあるものです、という意味のことを、先生が言っていたのを今でも憶えている。初級の入門の教科書である。それでも、『ボヴァリー夫人』のフランス語というのは、教科書の例文にするだけの、ある意味で価値のあるものだったのだろう。

仏文、フランス語の方向には進まなかったので、私のフランス語についての知識は、学部の教養課程どまりである。読むとすれば、日本語訳を読むことになる。その日本語訳の新しい版が、新潮文庫版である。

この小説、実は、これまで読まずにいた。19世紀のフランス自然主義文学といわれただけで、なんとなく分かったような気分になってしまうところがあった。だが、この小説も読んでおくべきと思って読んでみた次第。

そうはいっても、今の私の読解力、感性では、この作品を味読するということはできなかったようである。これは、もうちょっと時間をおいて、もっと時間の余裕のある時に、じっくりと再読してみたいと思っている。

ともあれ、この本を読んだことの記録として、まずはここに書き留めておきたい。

追記 2017-06-17
このつづきは、
やまもも書斎記 2017年6月17日
『ボヴァリー夫人』フローベール(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/06/17/8598841