『日本の近代とは何であったか』三谷太一郎(その三)2017-06-24

2017-06-24 當山日出夫(とうやまひでお)

つづきである。
やまもも書斎記 2017年6月22日
『日本の近代とは何であったか』三谷太一郎(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/06/22/8601974

三谷太一郎.『日本の近代とは何であったか-問題史的考察-』(岩波新書).岩波書店.2017
https://www.iwanami.co.jp/book/b283083.html

この本の第二章は、「なぜ日本に資本主義が形成されたのか」である。

結論的に感想を述べれば、この本は、この問いに対する答えになっていない。書いてあることは、日本の近代(明治から昭和初期)の経済政策史である。

日本の近代の経済にとって、「先進産業技術と資本と労働力と平和」が必要であった。そして、これらは、国家が作ったという立場をとる(p.86)。あくまでも、国家主導の資本主義の育成ということで記述してある。

まず、明治なってからの政治家として、大久保利通の経済政策がとりあげられる。そして、それを引き継ぐのが、松方正義であった。さらにその次に登場するのは、高橋是清である。最後には、井上準之助が登場して、そこで終わっている。

この章の最初の方で、スペンサーの社会学説についてふれてある。その次に、ウェーバーが出てくる。だが、この本では、ウェーバーにならって、日本における資本主義の「精神」を分析するということはやっていない。なんとなく肩すかしをくらったような気分になる。

ちょっとだけ、日本の「恥」の文化について言及がある。『菊と刀』である。だが、これでもって、日本における資本主義の「精神」を説明するということにはなっていない。

たとえば、

「権力による近代化の心理的促進要因となったのは何だったのか。それを一言でいえば、欧米先進国の文明の理想化されたイメージと対比して生じる、自国の文明への「恥」の意識です。」(p.88)

これは、為政者の意識の分析としては、ある程度いえることなのかもしれない。しかし、これをもってして、ウェーバーのいった資本主義の精神に代わるものとして、とらえるのは無理であろう。

私自身が、あまり経済に関心がないせいなのかもしれないが、この章はあまり面白くなかった。とはいえ、興味深かった記述もある。

日清戦争について、明治天皇はきわめて消極的、反戦的であったということの指摘。日本の近代が戦争の時代でもあったということをふまえるならば、明治天皇の平和志向の指摘は、注目されるべきかもしれない。

それから、教育にふれて、「良妻賢母」ということばは、中村敬宇がつかいはじめたとある。そして、そのつかわれはじめたときの意味としては、自立した市民としての女性という意味合いであったという。この指摘は興味ぶかいもおのであった。(p.104)

ところで、近代の経済史について、私が一番知りたいことは……地租改正のもっていた意味というか、その内実である。地租改正ということで、明治政府が安定した財源を得たということは、この本に書いてあるとおりだと思う。

だが、近世までの年貢にかわって、租税を納めるようになった、という学校教科書的なことから一歩ふみこんで考えてみるならば、江戸時代まで、年貢はどういう人たちが、どのように納めていたのか、ということが気になる。農民ではない、非農業民、商工業に従事するような人びと、あるいは、都市の住民は、どうだったのだろうか。

このあたりのことが一番気になるのだが、そして、その江戸時代の農業、商工業で働くひとびとのエトスが、日本なりの資本主義の精神につらなっていったのだろうと想像してみるのだが、そのあたりのところが、まったく触れられていない。

第一章の政治制度の近代を論じたところでは、近世にその萌芽的要因を探っておきながら、経済のことになると江戸時代のことは、まったく触れられていない。これは、歴史を描く立場として、どうかなという気がしないではない。近代の商工業の歴史は、明治になってからのこととして、江戸時代からは切り離してしまってよいのであろうか。

この第二章は、明治から昭和初期にかけての政府の経済政策史の素描として読めばいいのだと思う。

追記 2017-06-29
このつづきは、
やまもも書斎記 2017年6月29日
『日本の近代とは何であったか』三谷太一郎(その四)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/06/29/8606332