『ひよっこ』における方言(その三)2017-07-24

2017-07-24 當山日出夫(とうやまひでお)

つづきである。

やまもも書斎記 2017年7月14日
『ひよっこ』における方言(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/07/14/8620043

第16週の「アイアイ傘とノック」で、島谷の父親が登場してきていた。設定としては、佐賀の名家で、製薬会社を経営しているという。(だが、その経営も、今はあまりうまくいっていないようだが。)

この父親、東京に出てきて、息子・島谷と、喫茶店で話しをするシーン。佐賀出身のこの二人は、共通語で話しをしていた。佐賀の方言をまったくつかっていなかった。

これは、ちょっと状況としてはおかしい。島谷の家は佐賀の名門という設定であったはず。また、以前のバー「月時計」の場面でも、佐賀方言についてふれていた。たぶん、生まれも育ちも佐賀で、大学生になって慶應に入って、東京に出てきたという設定だろうと思う。

しかし、「月時計」の場面でも、自分自身で佐賀の方言を話すことはなかった。ふだん、みね子やアパートの人びとと話すときも、共通語(東京語)である。

やはり、出身地が佐賀であるというのは、属性としてはどうでもいいことなのかもしれない。それよりも重用なのは、地方の名家の出身で、慶應の学生という立場、役割、ということになるのだろう。だから、父親が状況してきたときも、会社の経営の話しをする場面でも、佐賀の方言が出ることはない。

一方、ふと、自らの方言を口にしてしまったシーンもあった。早苗である。バー「月時計」に酔って入ってきたとき、思わず、出身地(東北)のことばを話してしまって、あわてて共通語にきりかえていた。

また、相変わらず、富山出身の漫画家志望の青年たちは、その方言で話している。これはおそらく、この二人はもう見込みがないということを意味するのかもしれない。

このドラマ、登場人物にどのようなことばを使わせるか、方言を話すかどうか、について、非常に慎重に配慮してつくってあると思ってみている。この意味では、島谷が絶対に佐賀の方言を話さないということは、おそらく、みね子が島谷とむすばれて佐賀に行くという展開にはならないということにつながるのだろうと思っている。もし佐賀に行くような展開なら、父親の話すことばは、佐賀の方言にしてあるだろう。

そして気になるのは、やはりみね子。いつまで奥茨城方言で話すことになるのか。ずっと最後まで、その方言をとおすことになるのかもしれない。それが、「普通」の生き方であるとするならば。
追記 2017-08-10

この続きは、
やまもも書斎記 2017年8月10日
『ひよっこ』における方言(その四)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/08/10/8643666

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