『ナナ』ゾラ2017-08-03

2017-08-03 當山日出夫(とうやまひでお)

ゾラ.川口篤・古賀照一(訳).『ナナ』(新潮文庫).2006
http://www.shinchosha.co.jp/book/211604/

今、刊行されている新潮文庫版は、改版して新しくしたものだと思うが、元の版がいつになるのかわからない。巻末の訳者あとがきは、1959年になっている。

『居酒屋』につづいて読んでみた。主人公のナナは、『居酒屋』の主人公・ジェルヴェーズの娘ということになる。『居酒屋』でも、すこし登場するが、この『ナナ』は、完全に独立している。

新潮社のHPには、「文豪が描いた究極の悪女!」とあるが……どうも、私が読んだ印象としては、そんな感じはあまりしない。たしかに、まわりに群がってくる男たちを、次々と手玉にとっていくので、たしかに「悪女」にはちがいないだろうが。

そして、読後感としては、今ひとつ、登場人物たちに感情移入できないで終わってしまったというところであろうか。19世紀のフランス、上流社会の中で男たちの間をわたりあるく高級娼婦……このような存在に、また、それに惹かれてよってくるような男たちに、今日の観点から、感情移入して読めというのが、そもそも無理なことではあるにちがいない。

現在、ゾラの作品で新潮文庫で読めるのは、この『ナナ』と『居酒屋』である。私としては、断然『居酒屋』の方をおしておきたい。これは、今日の観点で読んでも、その物語に引きずりこまれるところがある。無論、歴史的・社会的背景は異なる。だが、『居酒屋』を読むと、現代社会の大きな問題である貧困ということになぞらえて、19世紀パリの下層社会を読むことになる。

このような読み方は、おそらく作者(ゾラ)は意図してはいなかったことであろう。時代としては、『ジェルミナール』のように、社会主義、共産主義の未来を語ることのできた時代である。そのような時代ではもはやない。ソ連、東欧社会主義国の崩壊後、社会主義への夢はついえたといってもいいだろう。

だが、それにかわって登場してきたのが、グローバルに展開する社会的格差、貧困の問題である。このような社会状況のなかで、ゾラの作品が今後も読まれていくとすると、『居酒屋』ということになると私は思う。

『ナナ』であるが……パリの高級娼婦というような存在、これを描くのに、作者は、かなり苦労しているという感じがする。文庫版のあとがきを読むと、やはり、これを書くために作者は、かなり取材ということをしたとのこと。

ゾラのリアリズムの筆が、十分におよんでいないという印象をうける。人物造形に、そして、ストーリーの運びに、ちょっと無理があるかなと思ってしまう。とはいえ、最後の方、ヒロインのナナが自滅していくあたりの描写は、作品のなかにのめりこんでいくような感覚になる。

この『ナナ』は、ルーゴン・マッカール叢書というシリーズの中の一つとして、このような境遇の女性を主人公に小説を書いてみた、ということで理解することになるのだろう。19世紀フランスの自然主義文学の一つとして読まれるべき作品である。
追記 2017-08-04

この続きは、
やまもも書斎記 2017年8月3日
『ナナ』ゾラ(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/08/04/8639608

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