『モーム短篇選』(上)岩波文庫2017-10-07

2017-10-07 當山日出夫(とうやまひでお)

サマセット・モーム.行方昭夫(訳).『モーム短篇選』上(岩波文庫).岩波書店.2008
https://www.iwanami.co.jp/book/b247377.html

モーパッサンの短篇を文庫本(新潮、岩波)と読んで、次に手にとったのがモームである。モームの『月と六ペンス』については、すでに書いた。

やまもも書斎記
『月と六ペンス』サマセット・モーム
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/09/22/8681337

岩波文庫では、『モーム短編選』として、上下巻で出ている。まずは、上巻の方から。

収録作品は、
「エドワード・バーナードの転落」
「手紙」
「環境の力」
「九月姫」
「ジェーン」
「十二人目の妻」

このうちで、私の読んだところでは、最初の「エドワード・バーナードの転落」それから「手紙」が印象深かった。

以前にも書いたように、モームの作品は、人間性の奥底にある不可解とでもいうべきものを描いていると思っている。それが端的に表れている作品である。

一見すると、堕落したかのごとく見える人間が実は、その底に豊かな人間性があったり、あるいは、善良そうに見える人間の奥底にある邪悪な思いであったり、である。

ところで、岩波文庫版の上巻の解説には、次のようにある。

「(モームの作品について)日本には英語学習と絡めて、懐かしく思い出す年配の読者が意外に多い。学生時代に英語のテキストとして読んだことがあるというのだ。コミュニケーションの手段としての英語習得重視の昨今と違い、昭和五十年代は英米作家の短篇、エッセイなどを講読するのが、大学の英語教育の中心であった。全国の大学の教養課程の英語の授業において、他のどの英米作家にも増して、モームの短篇を教科書版で、あるいはプリントで読むのが流行っていたのだ。」(p.318)

私が大学……慶應義塾大学文学部……に入学したのが、昭和50年であるから、まさにこの時代に該当する。しかし、残念ながら、英語の授業で何を教材に読んだかあまり憶えていない。三田に移って、二年生の時に、イプセンの『人形の家』の英訳本を読んだのは憶えているのだが、それを除くと、さっぱり憶えていない。

だが、書店などで、モームの教科書版というのはかなり目にしたようにも憶えている。

どうせ、大学で英会話中心の授業をやっても、そう身につくものではないのだから、やはり、いっそのこと、文学的な文章を講読するというような授業をやってもいいのではないか……などと思うのは、天邪鬼のすぎるだろうか。そこまでいかないにしても、学生の英語学習の選択肢のなかに、文学的な文章を読むというのがあってもいいように思う。

そして、文学的な文章を読むとなると、まさにモームの書いているものなど、若い大学生が読むのにふさわしいと感じる。原文を読んだわけではないので、なんともいえないが、翻訳文から伝わってくる冷静な人間観察眼と、ストーリーの巧みさは、読書の楽しみを教えてくれる。

文学史的にいうならば、モームは、モーパッサンの系譜につらなる位置にある。するどい人間観察と、卓抜なストーリーの妙、それに、最後にある「おち」。人間というものを文学、小説、それも短編小説で描くとなると、このように書けるものなのか、ということに気付く。モームの短篇も、小説を読む楽しみを満喫させてくれる作家のうちのひとりということになる。

追記 2017-10-12
この続きは、
やまもも書斎記 2017年10月12日
『モーム短編選』(下)岩波文庫
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/10/12/8703144

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