『六号病棟・退屈な話』チェーホフ2017-10-30

2017-10-30 當山日出夫(とうやまひでお)

チェーホフ.松下裕(訳).『六号病棟・退屈な話』(岩波文庫).岩波書店.2009
https://www.iwanami.co.jp/book/b248255.html

岩波文庫で読めるチェーホフの作品集のひとつ。ここには、医学関係の小説がおさめてある。読んで感じたことをいささか。

なかで一番有名なのが、『六号病棟』であろうか。この作品、旧来は、『六号室』とタイトルが訳されてきたものだが、日本語訳としては『六号病棟』の方がふさわしいらしい。

この本を読んでの私の感想としては、主に次の二つ。

第一には、医者としてのチェーホフの冷静さである。医者であるから、強いていえば、科学者といってもいいのだろう。そのような立場にある人間、そして、そのような立場からみての人間の様々、これを、きわめて冷静に描いている。人間のおどろおどしさといったもの、暗黒面をえぐり出すような描写ではなく、落ち着いて、人間とはどういうものなのか、それを、なにがしか哀愁の念とでもいうべきものをともなって描いている。

第二には、特に『六号病棟』について感じることであるが、精神病への理解、ヒューマニズムとでもいえるだろうか、である。精神病者をさげすむような視点ではない。むしろ逆に、精神疾患のある人間にこそ、人間性の本質を見いだすような、暖かみのある、しかし、それでいて冷静な、見方が印象的である。

以上の二点が、この本で感じたところである。

医師で文学者としては、日本では、森鴎外などが思い浮かぶ。医師の目から見た人間というものが、文学としてどのように描かれるのか、興味あるところである。

チェーホフについていえば、現在の我々の感覚からするならば、冷静なヒューマニズムというべきものを、私はそこに感じ取る。そして、同時に、医学というものに従事している医者という職業を、時として、冷徹にあるいは諧謔的に描いてもいる。その生涯を通じて医師であったことが、チェーホフの作品にどのような影響があるのか、他の作品を読みながら、考えてみたいと思っている。