NHK『美子伝説』2018-01-04

2018-01-04 當山日出夫(とうやまひでお)

2日の夜の放送。録画を3日の昼間に見て文章を書いている。

時空超越ドラマ&ドキュメント 美子伝説
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/93016/3016039/index.html

NHKがお正月番組として、ちからをいれてつくった放送だと思う。面白かった。思ったことを言えば、明治宮廷版「坂の上の雲」というところか。

そういえば、『坂の上の雲』の小説(司馬遼太郎)には、明治天皇はほとんど登場していなかったように覚えている。NHKドラマの『坂の上の雲』には、明治天皇が登場していた。明治宮殿のシーンがかなりあった。しかし、その皇后、美子(はるこ)については、登場していなかった。

思ったことなど、いさかか。次の三点について書いてみる。

第一に、美子皇后の開明性。

明治になって近代日本がスタートした。まあ、これは、常識的な知識。近代というものを、明治以前、近世期にその萌芽を見いだす歴史観もあることは承知している。

やまもも書斎記 2017年11月24日
『「維新革命」への道』苅部直
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/11/24/8733452

明治なって、立憲君主国の建設を目指す日本にとって、皇室の近代化というのは、喫緊の課題であった。その課題に、堂々とこたえたのが、明治天皇よりもむしろ、美子皇后であった、ということになる。たとえば、美子皇后が、洋装でメディア(写真)に現れたことのインパクトの大きさが、描かれていた。

あるいは、(近代の)皇室というのは、明治になってからの日本の「発明」であるともいえる。立憲君主国としての明治国家は、このようにとらえることもできる。明治になって新しい皇室がもとめられたとき、それまで千年以上の間、京都にいた、皇室はどうしたのか。

明治天皇は、「攘夷」の人。外国人嫌い。それに対して、美子皇后は、「文明開化」の人、といえようか。えてして、明治天皇というと、日清・日露の戦いを指導した武勇のイメージがつよい。しかし、それは、明治政府が、意図的に創り出した近代国家、明治国家にふさわしいとされる天皇像であったことになる。

第二に、天皇と皇后が、日本における家庭、夫婦を象徴するものであること。

明治天皇と美子皇后が、馬車に同乗して一般の人びとの前にすがたを表したというのは、画期的なことだったらしい。その姿を描いた錦絵に当時の人びとは驚いたという。

天皇家のあり方というのは、その時代の一般の国民の、家庭・家族についての考え方を反映している。あくまでも一家の家長としての威厳を保ち外で仕事をする天皇。それに対して、内向きのことに専念するという立場の皇后。そのイメージの原型とでもいうべきものが、明治天皇と美子皇后にある。

また、皇后には子供ができず、跡継ぎの子供は、側室の子であるというのも、明治ならではことであろう。その子供も多くは夭折している。これも、昔のはなしである。

ちなみに、大正天皇の生母、柳原愛子と、柳原白蓮(歌人)が姻戚関係にあったことについては、この番組を見て始めて知った。

ともあれ、天皇家のあり方が、一般の国民の家族観、夫婦観にかかわっていることは、昭和の時代、そして、今の平成の時代になっても、そのようなものとしてあることは、実感されるところである。大正天皇の結婚式は、近代的な結婚のモデルとなるものであったし、また、今上天皇の結婚は、まさに戦後の自由な恋愛を象徴するものでもあった。(内実、どのようにことがはこばれたかは別の問題として。)

第三に、歌。

明治天皇が歌をたくさん詠んでいたことは知っていた。が、美子皇后も歌を詠んでいる。

そういえば、むかし角川文庫で、明治天皇と昭憲皇太后の歌集が出ていたはずであるが、今は、どうなのだろうと思う。(ちょっと見てみると、今では、もう売っていないようだ。私の記憶では、明治神宮に参拝に行ったとき、売店で角川文庫本を売っていたのを覚えている。)

天皇あるいは皇后の歌は、狭義の歌、文学としてどうこう言うべきものではない。その立場(天皇であり皇后でありという)から、国と国民を思って、その思いを述べるものであると考えている。(このあたりは、昔、学生のころにならった、池田彌三郎先生などの考えていたことである。)

明治天皇は、日常的に歌を詠んでいた。このことについては、かなり以前に書いたことがある。米窪明美の本も、番組では資料として使われていた。

やまもも書斎記 2016年5月29日
米窪明美『明治天皇の一日』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/05/29/8097931

やまもも書斎記 2016年6月13日
米窪明美『明治宮殿のさんざめき』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/06/13/8110191

以上の三点が、テレビ(録画)を見ながら思ったことなどである。

それにしても、美子皇后(昭憲皇太后)の『昭憲皇太后実録』が刊行になったのが、近年のこと(2014)とは、改めて驚く。近代の皇室、天皇の歴史は、これからの研究課題である。

昭憲皇太后実録

原武史の『皇后考』(講談社学術文庫)は買ってある。これも読まなければと思った次第。それから、ドナルド・キーンの『明治天皇』も読もうと思ってまだ読めていない。これも読んでおきたい本の一つになる。

明治150年の今年、明治という時代を考えて本を読んでいきたい。「美子伝説」は、明治150年という年の初めにふさわしい番組であったと思う。