『現代秀歌』永田和宏2018-01-13

2018-01-13 當山日出夫(とうやまひでお)

永田和宏.『現代秀歌』(岩波新書).岩波書店.2014
https://www.iwanami.co.jp/book/b226294.html

たまたまテレビをつけたら、歌会始の中継だった(2018年1月12日)。「歌」というものについて、考えるとき、はるか古代の万葉の時代から、今日にいたるまでの、様々な歴史がある。純粋に文学として享受する方向もあるだろうし、(私がかつて学んだような)折口信夫のように民俗学的な方向から考えるアプローチもある。

歌会始には、新年にあたり、天皇が、一般から歌を募集し、そしてまた自らも歌を詠む……ここには、千年以上にわたる、この国における、天皇と歌との関係がひきつがれていることを見てとれる。

しかし、その一方で、歌、特に短歌は、近代になってから、新たな文学の領域を開拓していった、文学の形式の一つであるともいえよう。この意味での現代における短歌のあり方を考えるうえで、この本は非常に参考になる。

すでに、この本については、各方面からいろんな評価がなされているだろう。ここでは、私が読んで一番印象に残った歌について書いておきたい。

「ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば聲も立てなくくづをれて伏す」

宮柊二、『山西省』(昭和24年)

おそらく近代になってから、戦争において、いったどれだけの歌が詠まれたことであろうか。おそらくは、日清・日露の戦争の時代から、日中戦争、太平洋戦争の時代にいたるまで、様々な立場で、様々な内容の歌が詠まれてきたにちがいない。

そのなかには、戦意高揚の歌もあったろう。あるいは、戦死を嘆く歌もあったにちがいない。あるいは、死地に赴く身の上を歌に託した軍人・兵士もいただろう。たぶん、それらの大部分の歌は、文学とは認められないできている。今の時代、戦意を鼓舞するような歌を、文学とは認めることはない。

私は、ここでそれらの大量の歌を文学と認めるべきだといいたのではない。文学以前のものとして、そのような歌が詠まれてきたことを率直に認めることが重要だと思うのである。歌というものが、為政者にとっても、また、庶民・兵士にとっても、戦争にあたっての様々な思いを託すことのできる文学の形式であったこと、そのことの歴史的な意味について思ってみる必要がある。

太平洋戦争の開戦を決定した御前会議において、昭和天皇が、明治天皇の歌を読み上げたことは、広く知られていることである。明治天皇も、日常的に歌を詠んでいた。昭憲皇太后も歌を残している。

そのような歴史的背景があるものとして近代の歌を考えてみたとき、宮柊二の戦時中の兵士としての出来事を詠んだ歌は、改めて意味のあるものとして現れてくることになると感じる。

古代から連綿と続く歌の歴史を考えてみるときに、近代・現代になって、歌人がそれぞれに歌の領域をさぐってきた。私は、狭義の文学ではなく、広義に文学以前の文学までふくめて歌というものを考える視点こそ、近代・現代の歌のもつ意味を把握するうえで重要になると考えている。この意味において、折口信夫のような民俗学的な歌の理解は、再考察されるべきであると思う。

歌会始のような伝統的儀礼における歌、それを考えると同時に、近現代における文学としての短歌、これらを総合的に見ることが求められる。

『現代秀歌』の著者、永田裕和は、歌会始の選者のひとりでもある。現代を代表する歌人が歌会始の選者をつとめることの歴史的意味というものについて、少し考えてみたりしている。

コメント

_ 土屋信一  ― 2018-01-14 10時07分39秒

今年の歌会始の入選歌で一番感銘を受けたのは、長崎県の12歳の中学1年生の歌。
長崎県 中島由優樹
文法の尊敬丁寧謙譲語僕にはみんな同じに見える
率直で、痛烈で、印象深い。
  以上

_ 當山日出夫 ― 2018-01-15 05時49分26秒

現代語の敬語は、「尊敬、謙譲、丁寧」では説明は難しいので、国語学的にも(笑)、この歌はなっとくできるものですね。

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