『西郷どん』における方言2018-01-26

2018-01-26 當山日出夫(とうやまひでお)

NHKの今年の大河ドラマは『西郷どん』である。国語学の観点から見て思ったことなどいささか。

気になるのは、登場人物のことば。今のところ、ドラマは、鹿児島における西郷隆盛の青年期の話しである。まだ、黒船が来るまえのこと。舞台は、鹿児島である。

当然のことであるが、西郷隆盛は、鹿児島ことばを話している。家族など他の周辺の登場人物もそうである。このあたり、厳密に考えるならば、鹿児島ことばといっても、身分によって違っていた可能性はある。しかし、そこまでドラマでは描いていないようだ。いや、これは、見ている方(私)が分からないだけで、制作側としては、そこまで区分しているのかもしれない。

テレビは字幕表示で見ている。これを、おそらく、字幕無しで見たら、ほとんど何を言っているのか聞き取れないのではないかと思われる。テレビがデジタルになって、台詞に字幕が表示できるようになったから、聞き取れない鹿児島ことばで話をしていてもよいということなのかもしれないと思って見ている。

西郷隆盛が鹿児島ことばであるのは、いいとしても、藩主・斉興、それから、久光が、鹿児島ことばである。その当時の大名であるからといって、江戸ことばにはなっていない。

このあたり、大河ドラマの前作『おんな城主直虎』と違うところである。『おんな城主直虎』では、主人公・直虎をはじめとして、大名、国衆クラスの武家、それから、ネコ和尚など、(今日でいう)標準的な日本語を話していた。その土地の方言を話していたのは、百姓たちであった。ここでは、社会的階層・階級によって、その地方の方言を話す、標準的なことばで話す、この違いを演出していた。さらにいうならば、方言は、社会的階級の指標にもなっていた。

『西郷どん』では、方言は、必ずしも社会的階層を反映するものとしてはあつかわれていない。むしろ、その地方色を出すためである。さらには、薩摩という地方にあって、封建領主であるという立場を強調するものになっている。

開明的な藩主として、薩摩藩を改革し、さらには倒幕への道筋をつけることになる斉彬は、標準的なことばをはなしている。江戸ことばといってもいいのかもしれない。斉彬は、江戸の藩邸に住まいしているということになっている。この観点では、江戸ことばでも不思議はないようなものかもしれないが、しかし、斉彬の江戸ことばは、その開明性の象徴でもあるのだろう。

これと比較して、その後の歴史で、あくまでも封建的な大名の立場にたつであろう斉興や久光は、鹿児島ことばなのである。ここでは、方言が、地方性のみならず、歴史的後進性、あるいは、封建的性格を表すものとなっている。

これから、ドラマでは、長州の人びとや、土佐の人びとが登場するにちがいない。また、京都の公家も出てくるであろう。むろん、江戸の勝海舟は登場するだろう。このような登場人物が、どのようなことばを話す人間として出てくることになるのか、このあたりを注目して見ていきたいと思っている。いうならば、幕末・明治維新を舞台にした日本語(時代劇語、方言……それは、フィクションとしてのといってもよいかもしれない……)のドラマとして見ることになる。

追記 2018-02-08
この続きは、
やまもも書斎記 2018年2月8日
『西郷どん』における方言(二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/02/08/8784439

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