『嵯峨野明月記』辻邦生2018-04-02

2018-04-02 當山日出夫(とうやまひでお)

嵯峨野明月記

辻邦生.『嵯峨野明月記』(中公文庫).中央公論新社.1990 (新潮社.1971)
http://www.chuko.co.jp/bunko/1990/08/201737.html

高校生の頃に出た本である。買って何度か読み返した。その後、大学で国文学、国語学という勉強を始めてからは、とおざかってしまった。「嵯峨本」という、近世初期に刊行された、豪華美麗な古活字本のことは、その国文学、国語学の勉強の中で、あらためて知るところとなった。

この作品は、三つの「声」の語りでなりたっている。本阿弥光悦、俵屋宗達、角倉素庵、この三人である。

四〇年以上を経て再読してみて感じるところは次の二点であろうか。

第一には、この作品に端的に表れている芸術至上主義。以前、若いころ、この作品を読んだときには、それにあこがれもし、また、逆に反発してみたりもしたのだが……今になって読み返すと、それが、戦乱の時代的背景をもとに成り立っていることに気付く。いや、本能寺の変から、秀吉の時代、文禄慶長の役、関ヶ原の戦い、大阪の陣……これらの一連の世の中の戦乱というものを背景にして、この作品の芸術至上主義とでもいうべきものがなりたっている。

世の中の戦乱があってこそ、「美」というものへのあこがれもつのる。ここのところが、若い時には感じ取れなかったところでもある。

今になって、この作品を再読してみて、「美」の背景に描かれている世の中の戦乱ということに、思いをはせることができるようになった。それは、東西冷戦の終結から二十一世紀の今日にいたる、世界の激動を、報道を通じてであれ接してきたということがあると感じる。

第二には、その芸術至上主義。といっても、ニヒルな感じはしない。自分が生きている基盤の上にしっかりと足をおろしての、芸術至上主義である。

たとえば、次のような箇所。

「しかしその朝、私は雲や花や杉木立と別個の存在ではなかったのだ。私は光悦などではなく、まさに流れゆく雲に他ならなかった。散りゆく藤の花に他ならなかった。私は雲であり、花であり、杉木立であった。私はそうした兄弟たちに囲まれ、兄弟たちと共に生れ、共に生き、共に消えてゆく存在だった。」(p.429)

「まさしくこの生は太虚にはじまり太虚に終る。しかしその故に太陽や青空や花々の美しさが生命をとり戻すのだ。」(p.431)

生きている自分自身の内側から、生きていること、その喜びと芸術への讃仰が語られる。

以上の二点が、この作品を数十年ぶりに読み返してみて、感じるところである。

『嵯峨野明月記』は、『背教者ユリアヌス』の新しい文庫本が出たので読もうと思って、その前に、順番に出ているものから読みたくなって、読んでみたものである。

辻邦生の作品を読むのは、去年の『西行花伝』『安土往還記』以来になる。

やまもも書斎記 2017年7月8日
『西行花伝』辻邦生
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/07/08/8616269

やまもも書斎記 2017年7月21日
『安土往還記』辻邦生
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/07/21/8624553

その後、『廻廊にて』を読み返そうと思いながら果たしていない。

この作品は、三つの「声」の語りでなりたっているのだが、どの「声」も知的で、冷静である。各「声」ごとに幾分の個性のようなものを感じる文体であるが、総じて、知的な静謐さに満ちている。この作品のように知的で落ち着いて芸術というものを語る文学作品は、まさに近代の日本文学において希有なものかもしれない。

私も、もう、国文学、国語学という分野からは身をひきたくなっている。そのように思い定めた目で読んでみたことになる。専門的な書誌学的な知識……嵯峨本についての……ということは、些細なことのように思えるようになった。それよりも、安土桃山期を舞台にして、美と芸術に生きた人びとの「声」に静かに耳をかたむける、そのような気持ちでこの作品を読んだ。いや、この作品は、特定の時代、地域に限定されない。普遍性をふくんでいる。美と芸術に自分の存在の基盤を見いだしうるような人びとのあり方に、こころひかれるのである。

『廻廊にて』も読み返しておきたい。それから『背教者ユリアヌス』『春の戴冠』も読んでおこうとおもっている。年をとった今、若い頃……高校生、大学生のころに読んだ作品を再度じっくりと読み返しておきたくなっている。