『雪の階』奥泉光2018-04-05

2018-04-05 當山日出夫(とうやまひでお)

雪の階

奥泉光.『雪の階』.中央公論新社.2018
http://www.chuko.co.jp/tanko/2018/02/005046.html

これは、新聞(朝日)の書評を見て買った。書いていたのは、原武史。

奥泉光の作品、以前にいくつか手にした記憶はあるのだが、近年はとおざかっていた。ひさしぶりである。

読んで感じることは、本格的な小説を読んだな、という感じ。まさに重厚な小説である。本の帯を見ると、二・二六事件を背景にした、ミステリーロマン……だが、「本格」を期待して読んではいけないと思う。

たしかに謎はある。主人公は、伯爵令嬢の笹宮惟佐子。その親友、寿子が心中する。が、その死には不審な点があった。謎の心中事件をめぐっておこる、様々なできごと。謎のドイツ人の登場とその死。謎の尼寺。ドイツのスパイ組織か……不審な登場人物たちと、それをめぐっておこる、不可解なできごと。

ところで、二・二六事件とミステリといえば、『蒲生邸事件』(宮部みゆき)とか、北村薫のベッキーさんシリーズが思い浮かぶ。だが、この作品は、これらをあまり考えてはいないようだ。むしろ、読んで感じるのは、『細雪』(谷崎潤一郎)であったり、『春の雪』『奔馬』(三島由紀夫)であったりである。(私の読んだ印象としては、ということだが。)

「本格」として読むと、ちょっと弱い。だが、二・二六事件の前夜にいたる、東京の華族、それも、令嬢の物語として読めば、その重厚な文体とあいまって、作品の世界に引きずり込まれていく。

この小説、ある視点から見れば、「天皇制」をあつかった作品でもある。たぶん、戦前なら、問題になったにちがいない。歴史の始原から連綿と続く血の流れ、それを今につたえているものは、いったい誰なのか。そして、その一族につらなるものは、どう生きるべきなのか。このような問いかけの物語という側面ももっている。

戦前の華族の令嬢を主人公とした、血族をめぐるロマン、それにいくぶんのミステリ的要素をからめた壮大な物語、このように読めばいいだろうか。

だが、戦前、しかも華族という人びとのことを描くと、どうして、このように重厚なあつくるしい感じの文章になるのだろうか。このあたりのこと、現在の我々が昭和戦前のことを、どのような文体で語りうるのか、という観点から考えてみる必要もあるかと思う。

追記 2018-04-06
この続きは、
やまもも書斎記 2018年4月6日
『雪の階』奥泉光(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/04/06/8819843