『半分、青い。』あれこれ「恋したい!」2018-04-22

2018-04-22 當山日出夫(とうやまひでお)

『半分、青い。』第3週「恋したい!」
https://www.nhk.or.jp/hanbunaoi/story/week_03.html

前回は、
やまもも書斎記 2018年4月15日
『半分、青い。』あれこれ「聞きたい!」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/04/15/8826645

前作『わろてんか』が、その時代・世相というものをほとんど描かずに終わったのに対して、このドラマは、時代背景に沿って展開するようである。

時は、1989年、バブルの真っ最中である。しかし、ふくろう商店街、なかんずく、つくし食堂にはその恩恵はまったくないようだ。そこに、ぎふサンバランドの話しがやってくる。

この当時、バブルの熱に浮かれていた地方都市の様子が、なるほどという感じで描写されていた。(まあ、もし、無事にサンバランドが出来たとしても、その後のバブル崩壊で、たぶん駄目になるにちがいないのだが。)

そして、鈴愛たちは、高校三年生。そういえば、以前の『ひよっこ』も高校三年生の時点から物語がスタートしていたのだった。律、それから、鈴愛の周囲におこる恋の予感。これが無事に成就することになるのかは、まさに「運命」ということになるのであろう。

この二つの要素……バブルの世相と、高校生の恋(のようなもの)……これをたくみに描いていたと思う。

とはいえ、1989年といえば、平成元年になる。また、世界のできごととしては、ベルリンの壁の崩壊の時でもある。これらについては、ドラマは、まったく描いていない。昭和の終わり、昭和天皇崩御における、一種の国民的熱狂とでもいうべきものを、鈴愛たちはどう感じていたのだろうか。また、海の向こうで、自由をもとめてベルリンの壁を壊した人びとのことを、どう思って見ていたのだろうか。

それから、この週で特徴的な描写だと思ったのは、「ふるさと」への郷愁とでもいうべきものを、ところどころに挟んであったことがある。いずれ、鈴愛は、この故郷を離れることになる。そのとき、生まれ育った土地が、懐かしく思い出されることになるのだろう。ぎふサンバランドは、つぶれているかもしれないが。

ドラマは、これからバブルの絶頂から崩壊へと向かうことになるはずである。それを、鈴愛たちはどんなふうに受けとめて生きていくことになるのだろうか、楽しみに見ることにしよう。こののち、失われた二十年、三十年という時代を、生きることになるはずである。

追記 2018-04-29
この続きは、
やまもも書斎記 2018年4月29日
『半分、青い。』あれこれ「夢見たい!」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/04/29/8835686

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