『知性は死なない』與那覇潤2018-06-08

2018-06-08 當山日出夫(とうやまひでお)

知性は死なない

與那覇潤.『知性は死なない-平成の鬱をこえて-』.文藝春秋.2018
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163908236

與那覇潤の本については、すでに触れた。

やまもも書斎記 2018年6月1日
『日本人はなぜ存在するか』與那覇潤
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/06/01/8863726

この『日本人は……』は、いい本だと思った。(が、『中国化する日本』は、あまり感心しなかったが。)買うのは、こちら『知性は死なない』の方が先に買ってあったのだが、読む順番としては、後になった。結果的に、刊行順に読んだことになる。

これは、現代日本において、もっとも良心的な知性のあり方を示している本ではないだろうか。

著者が「うつ」の病を得て、大学の職を辞めるまで、それからの闘病生活、そして、それと平行してあった、平成のおわりの日本の状況……社会的、知的な……についての分析である。

読みながら付箋をつけた箇所をいくつか引用してみよう。

「身体ではなく言語を基盤とする、社会をつくったことで生まれてしまった、永久革命のようにいつまでもつづく、「現時点での正統性」にたいする〈無限の〉挑戦。これが、もともとの意味でいう反知性主義の本質です。」(p.142) 〈 〉原文傍点

「ソ連の社会主義であれアメリカの自由主義であれ、超大国のインテリたちがグランドデザインを描こうとしてきた、言語によって普遍性が語られる世界秩序に対する、身体的な――4章のことばでいえば、反正統主義ないし反知性主義的な反発。(中略)そういう目でみることで、はじめて目下の世界で起きていることが理解できるのだと、私は感じています。」(p.195)

「すなわち、帝国とは〈言語〉によって駆動される理性にもとづき、官僚機構が制度化されたルールをもうけて統治している空間であり、逆に民族とはむしろ「ここからここまでが『われわれ』の範囲だ』という、〈身体〉的な実感にもとづく帰属集団のことである、と。」(p.197) 〈 〉原文傍点

反知性主義をどう理解するか、この点について、いくぶん留保しておくとしても、ここで指摘されているようなことは、しごくまっとうなことであるように思える。国語学という、日本語の研究にかかわっているものとして、いろいろ考えるところのある本でもある。

また次のような箇所。

「教壇に立っているかぎり、教師は政権の批判であれ天皇制の否定であれ、どんな極論でものべることができます。その教員の真価がわかるのは、授業の教室という「自分が権力者でいられる場所」を離れたさいに、どれだけ普段の言行と一致しているかをみることによってでしょう。」(p.169)

これも、しごくまっとうなことである。だが、これがいかに困難なことか、著者の体験した事例がこの本では、具体的に述べられている。この箇所を読むと、現代日本における、大学というところをむしばんでいる知的な荒廃というべきものは、ほとんど救いがたいところまできていると感じざるをえない。

知的に当たり前のことを、ごく普通に当たり前に語る……このことの難しさ、ここにこそ現代日本のおかれている知的退廃がある。本書を読んで感じるのは、著者の知的平衡感覚のバランスの良さである。これは当たり前のことである。この当たり前のことが、普通に通用しない大学というものならば、その大学の方がおかしい。

平成という時代も、あと一年もない。一年後には、次の年号になって、新しい時代を迎えていることだろう。その時になって、平成という時代をふりかえるとき、このような良心的な知性が存在したということを示す本として残ることだろうと思う。

「うつ」という病を経ることによって、身体感覚とのバランスを視野にいれた素直な知性のありかた、このような知性をもつ著者のさらなる活躍を願う次第である。

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明日、東京で、語彙・辞書研究会の発表です。家を留守にするので、二日ほどこのブログをお休みにさせてもらいます。家を離れたときぐらいは、ネットから自由でありたいとも思いますので。

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