『男だけの世界』ヘミングウェイ2018-08-06

2018-08-06 當山日出夫(とうやまひでお)

ヘミングウェイ全短編1

ヘミングウェイ.高見浩(訳).『われらの時代・男だけの世界-ヘミングウェイ全短編1-』(新潮文庫).新潮社.1995
http://www.shinchosha.co.jp/book/210010/

この文庫本には、二つの短篇集が収録されている。『われらの時代』については、先に書いた。

やまもも書斎記 2018年8月4日
『われらの時代』ヘミングウェイ
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/08/04/8933241

今回は、『男だけの世界』についてである。『われらの時代』から続けて読んだ。読んだ印象としては、この短篇集は、冒険的……小説の作り方として……であると言っていいだろうか。

『われらの時代』が、短編小説、短編小説集という文学の形式に、きちんとのっとって書かれているのに対して、『男だけの世界』は、様々な小説の書き方を工夫しているように読めた。いろんなタイプの作品が、いわば実験的とでも言っていいように配列されている。

そして、全体の短篇集としてつらぬいているのは、タイトル『男だけの世界』に表されている、まさに「男の世界」である。そして、印象的なのは、淡々とした情景描写、あるいは、会話からかもしだされる、登場人物の深い心情とでもいうべきもの。

今日の視点から評価するなら、ハードボイルドということばがぴったりである。だが、これも、ヘミングウェイの作品を理解するには、ふさわしいことばではないのかもしれない。逆に、今日の我々が、ハードボイルドという文学の形式をすでに有しているが故に、かつてのヘミングウェイの作品に、それを感じ取って読んでしまう、このような関係にあると言った方がいいだろう。

短編小説、短編小説集という文学の形式に対して、貪欲であった作者の意図を感じて読んだのである。これが、文学史的に了解される読み方なかのかどうか、英米文学の門外漢には専門的知識がないのだが、少なくとも、新潮文庫版でヘミングウェイの短篇を読んでいって感じるのは、今日のわれわれの文学観の形成に、ヘミングウェイが大きく寄与している。その結果にいる今日の視点から、読んで文学的感銘を受ける作品群である、ということである。

文庫本の第二冊以降を、順次、読んでいくことにしたい。ヘミングウェイの作品には、人生の充実と、逆に、虚無と、相反するものがあるように感じる。それがこの後の作品でどう展開されることになるか、考えながら読んでみたい。