『春の戴冠』(四)辻邦生2018-09-15

2018-09-15 當山日出夫(とうやまひでお)

春の戴冠(四)

辻邦生.『春の戴冠』(中公文庫).中央公論新社.2008 (新潮社.1977)
http://www.chuko.co.jp/bunko/2008/10/205063.html

続きである。
やまもも書斎記 2018年9月7日
『春の戴冠』(三)辻邦生
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/09/07/8957339

この作品、三までは、いわば普通に辻邦生の作品を読むという感じであった。芸術への賛美が、サンドロを通して語られていた。だが、この文庫本で四冊目になると、がらりと変わる。もうほとんど、サンドロ(ボッティチェルリ)は、登場しない。ここに来て作者(辻邦生)が描きたかったのは、「歴史」ではないだろうか、そういう気がしてくる。

舞台はイタリアのフィオレンツァである。この街の栄枯盛衰が、古典学者である「私」の目を通して語られる。

終わりの方で、サンドロは、次のように語る。

「そしていつか人間はフィオレンツァで起った出来事のすべて――君やぼくが見聞した出来事のすべて――この花盛りだったフィオレンツァの春のすべて――が、永遠の劇場での出来事だったと思うときがあるかもしれない。『神曲』一巻のなかに人間の運命すべてが描かれているように、ぼくらはフィオレンツァの春に人間の宿命をすべて演技しつくしたのかもしれない」(p.450)

まさに、フィオレンツァという街とそこに生きる人びとの「歴史」の移り変わり、これこそ、この小説の最後で描き出したかったことのように思えてならない。だからこそ、ギリシア古典学者である「私」を語り手として設定してあるのだろう。ただ、サンドロ(ボッティチェルリ)を通して、芸術を描くためなら、語り手は不要でもある。だが、この作品で、「私」のような語り手を用意したというのは、実は、この小説の最後の部分を書きたかったためではないだろかと思われてならない。「歴史」の目撃者としての、ギリシア古典学者である「私」である。

この小説は、最後、「私」の娘のアンナの手紙で終わっている。サンドロの没後のことである。この手紙には、次のようにある。

「私たちが〈地上にいる〉ということだけで、すでに一切が成就している」(p.465)

フィオレンツァの街の興亡も、メディチ家の栄枯盛衰も、「歴史」がすぎさってしまえば、はかないものであるといえるのかもしれない。だが、その中にあって、生の充実ということがあるとするならば、まさにそれこそが、『春の戴冠』という、長大な小説で最終的に描きたかったことであるのだろうと思う。

既に書いたように、辻邦生の主な作品は、高校生のころまでに読んでいた。だが、『春の戴冠』は、私が大学生になってからの刊行である。この作品は、読まずにこれまできていた。去年から、辻邦生の作品を、今、手にはいるものを買って読み返している。初期の作品から、読んだ印象を述べるならば、この『春の戴冠』にきて、辻邦生は、「歴史」というものを描くようになったか、と感慨ぶかく感じるところがある。

その「歴史」は、ある意味で血なまぐさいものであるのかもしれない。しかし、その中にあって、芸術ということ、生きるということの意味を、高らかに歌い上げている作品であると思う。そういえば、最晩年の『西行花伝』も、歴史的背景は、戦乱にあけくれる時代であった。争乱の時代を背景にするからこそ、芸術……『西行花伝』の場合は、歌という文学……の持つ意味がきわだってくる。

やまもも書斎記 2017年7月8日
『西行花伝』辻邦生
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/07/08/8616269

さて、残る作品としては、初期の作品にかえって『廻廊にて』などになる。これも、順次、読んでいきたい(再読)と思っている。

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