『西郷どん』あれこれ「戦の鬼」2018-09-18

2018-09-18 當山日出夫(とうやまひでお)

『西郷どん』2018年9月16日、第35回「戦の鬼」
https://www.nhk.or.jp/segodon/story/35/

前回は、
やまもも書斎記 2018年9月11日
『西郷どん』あれこれ「将軍慶喜」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/09/11/8958883

いよいよ討幕である。が、ここにきてドラマの進行は、歴史のエピソードをナレーションでつなぐような感じになってきた。

その一つが、龍馬暗殺の一件。これまで、いくどとなく大河ドラマでは坂本龍馬、その暗殺のシーンは描かれてきている。今回の龍馬暗殺の場面も、毎回おなじみの状況で、という感じだった。そして、今回も、その犯人は誰か明らかにならないままで終わっていた。

また、この回から西郷は、人格が変わってしまったかのごとくである。その理由がいまひとつはっきりしないのが、もどかしい。たしかに、将軍慶喜への思いはあるのだろうが、どうして、ここまで西郷が、反幕府の立場になるのか、なぜ、執拗に慶喜の打倒を決意することになるのか、そころのところの理由が描ききれていなかったように思う。西郷は、討幕のためなら、陰謀、謀略も辞さない覚悟である。以前の西郷であれば、今回出てきたような謀略ではなく、正々堂々と正面からぶつかって決着をつけていたかと思われる。

今回の一連の動きは、薩摩の討幕の流れから、大政奉還、さらにそれをうけての王政復古にいたる一連の流れであった。その中に、龍馬暗殺の一件も描写されていた。ただ、幕末から明治維新への流れを、場面ごとにナレーションでつないでみせる……これはドラマの作り方からすれば、いたしかたないことなのかもしれない。このあたり、幕末、明治維新の時代のドラマの難しさというべきであろうか。

ただ、今のわれわれは歴史の結果を知っている。討幕は西郷のちからによるものであり、その西郷も、西南戦争で最期をとげる。一方、徳川慶喜は、明治の時代をいきのびることになる。次にくる明治の時代を、誰がどのように構想したことになるのであろうか。もはや、龍馬はいない。西郷は、どのようにして、明治の時代をきづくことになるのであろうか。また、そこに大久保たちはどのように影響することになるのだろうか。

討幕から明治維新への動きを、このドラマはどのように描くことになるのか。次回以降を楽しみに見ることにしよう。

追記 2018-09-25
この続きは、
やまもも書斎記 2018年9月25日
『西郷どん』あれこれ「慶喜の首」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/09/25/8964800

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