『失われた時を求めて』集英社文庫(12)2018-12-01

2018-12-01 當山日出夫(とうやまひでお)

失われた時を求めて(12)

マルセル・プルースト.鈴木道彦(訳).『失われた時を求めて』(12)見出された時Ⅰ
http://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?isbn=978-4-08-761031-4

前回は、
やまもも書斎記 2018年11月29日
『失われた時を求めて』岩波文庫(12)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/11/29/9004723

『失われた時を求めて』は、岩波文庫では一四巻に編集してあるが、集英社文庫では一三巻につくってある。そのため、この集英社文庫版の一二が、岩波文庫の一二の続きということになる。岩波文庫では、一二までしか出ていないので、続きは集英社文庫の鈴木道彦訳で読むことにした。

この巻を読んで印象に残っているのは、次の二点。

第一に、戦争。

この作品、これまで、ほとんど戦争というものを描かずにきている。『失われた時を求めて』の刊行は、1913年から27にかけてである。第一次世界大戦は、1914年から1918年である。つまり、プルーストは、第一次世界大戦の始まる前にこの作品を書き始め、戦争が終わってから、この作品の終結……プルーストの死は、1922年……ということになる。

これまで、この作品を読んできて、作者は、戦争(第一次世界大戦)のことをどう思っていたのだろうか、ということが常に気になっていた。戦争は、作者に何をもたらし、また、作者は戦争をどう描くことになったのであろうか。

第七編「見出された時」では、その第一次世界大戦のことが描かれている。そのため、作品のなかの時間も、いっきにとんで戦争中のことになる。この前の巻までは、まだ、二〇世紀初頭あたりが時代的背景であった。

「見出された時」のⅠを読んで感じるのは、まさに、『失われた時を求めて』が、戦争文学であるということである。未曾有の世界戦争を、冷静に文学的に見つめている。なかで、私が着目して付箋をつけたのは……プルーストは、戦争を描くとき、ワルキューレをイメージしている。これは、今日の感覚からすれば、この連想は普通のことかもしれない。しかし、第一次世界大戦のさなかにあって、戦争にワルキューレを連想するのは、並大抵の文学的想像力・創造力ではないと感じる。

それから、次のような箇所。

「フランスという今なお生き残る歴史と芸術との混合物は、ことごとく壊されました。」(p.217)

プルーストは、戦争による破壊、文化の喪失を、身をもって体験している。ということは、作者が、これまでの巻で描いてきた、貴族の、ブルジョアの生活というものは、戦争によって喪失することになってしまったものを、懐古的に描いたことになるのかもしれない。一九世紀末のフランスを舞台にした小説を書いているとき、そのフランスは、第一次世界大戦による破壊の最中、また、その後のことになる。

第二には、この巻の後半の部分。

芸術に関する思索が延々とつづく。ここで、作者は、これまで書いてきた小説をふりかえって、それを総括しているかのように思える。

例えば、次のような箇所。

「本当の楽園とは失われた楽園にのほかならないからだ。」(p.373)

「ただひとり、この存在のみが私をして、昔の日々を、失われた時を――それを前にして私の記憶や知性の努力が常に失敗を繰り返してきたこれらのものを――ふたたび見出させる力を持っていたのだ。」(P.375)

「ドレフェース事件であれ、戦争であれ、一つひとつの出来事が作家たちに、正義の勝利を確立したい、国民の精神的な統一を取り戻したい、と考えていて、文学を思う余裕がなかったのだ。けれどもそんなことは言訳にすぎない。」(p.391)

「それゆえ、ただ「物を描写する」だけで満足したり、物の線や面の貧弱なリストを作るだけでよしとするような文学は写実主義(レアリズム)と呼ばれてはいても、現実(レアリテ)から最も遠い文学であり、私たちを何にもまして貧しくし、悲しませる文学である。」(p.402)

このような箇所を読むと、作者が、ここまでの膨大な小説を書いてきた意図は何であったのか、かえりみずにはいられない。『失われた時を求めて』という小説は、まさに失ってしまった「時」、その喪失感に満ちた作品であることが理解される。そして、それは、表面的なリアリズムでは決して表現できないものでもある。

以上の二点が、集英社文庫版の一二を読んで感じるところである。

残りは、いよいよ最後の一三巻(集英社文庫版)ということになる。ここまできたら、最後まで読んでしまおうと思う。

追記 2018-12-03
この続きは、
やまもも書斎記 2018年12月3日
『失われた時を求めて』集英社文庫(13)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/12/03/9006277