『源氏物語』(四)新潮日本古典集成2019-02-23

2019-02-23 當山日出夫(とうやまひでお)

源氏物語(四)

石田穣二・清水好子(校注).『源氏物語』(四)新潮日本古典集成(新装版).新潮社.新潮社.2014
https://www.shinchosha.co.jp/book/620821/

続きである。
やまもも書斎記 2019年2月22日
『源氏物語』(三)新潮日本古典集成
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/02/22/9039182

新潮の『源氏物語』は」八巻になっているので、これで半分まで読んだことになる。

読んで感じることは、次の二点だろうか。

第一に、『源氏物語』の世界と、『今昔物語集』の世界は、意外と近いという印象である。特に、髭黒の大将の北の方の話の場面など、『今昔』にあってもいいようなストーリーである。

一般に、平安朝文学を勉強するとき、『源氏物語』などの物語文学の勉強と、『今昔物語集』のような説話文学の分野とは、別のことになってしまっている。もう、隠居した身と思って、ただの楽しみで『源氏物語』を読んでみて感じることは、その説話的な面白さである。

第二に、これは、『源氏物語』の成立論にかかわることだが、「紫上」系の巻と、「玉鬘」系の巻では、やはり文章が異なると感じる。新潮の四巻目は、「初音」から「藤裏葉」までをおさめるのだが、「玉鬘」系の巻は、さほど頭注・傍注を見なくても読んでいける。しかし、「紫上」系の巻になると、頭注の解釈を読んで、何行か前にさかのぼって考えてみないと意味の通じないところ、あるいは、きわめて凝縮した表現になっているので、辞書どおりのことばの解釈ではわからないところが、かなりある。

これは、単なる印象にすぎないと言われればそれまでだが、しかし、読んでいて、文章の筆致が異なることは、確かなことだと思わざるをえない。

次は、第五巻。「若菜」(上・下)の巻をふくむ『源氏物語』において、中核的な位置をしめるところになる。楽しみに読むことにしよう。

追記 2019-02-25
この続きは、
やまもも書斎記 2019年2月25日
『源氏物語』(五)新潮日本古典集成
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/02/25/9040411

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