『アンダーグラウンド』村上春樹(その二)2019-06-21

2019-06-21 當山日出夫(とうやまひでお)

アンダーグラウンド

村上春樹.『アンダーグラウンド』(講談社文庫).1999 (講談社.1997)
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000198082

続きである。
やまもも書斎記
『アンダーグラウンド』村上春樹 2019年6月20日
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/06/20/9089596

この本は、基本的に、地下鉄サリン事件の被害者へのインタビューで構成されている。この点から読んで、思ったことなど書いておきたい。二つある。

第一には、インタビューに応じた人びとのなかに、官僚というべき人びとがいなかったことである。事件は、霞ヶ関をターゲットにして起こされた、このことは、この事件について言われていることである。おそらく、被害者のなかには、官公庁に勤めている官僚、役人というべき人びとも少なからずいたことであろう。

だが、この本に出てくる人びとのなかで、官僚、役人とでもいうべき人は登場しない。わずかに、自衛隊員が登場するぐらいである。

ここは、想像なのだが……霞ヶ関の官僚機構のなかにあって、地下鉄サリン事件の被害者として、作家である村上春樹のインタビューにこたえるということをためらわせる何かがあるとしか思えない。

第二には、被害者の多くは、職場に行ってから、テレビのニュースで事件のことを知って、自分がその被害者であることを確認するために病院に行っていることである。

ここで思い起こすのは、昨年(二〇一八)の大阪北部の地震のこと。地震は朝に起きた。このとき、通勤・通学の交通手段がストップしてしまった。だが、その時、多くの人びとは、まず職場に向かった。列車から降りて、そのまま自宅に引き返すということもできたはずだが、この選択肢を選んだ人は多くはなかったようだ。報道などで伝えられたところによると、なんとしてでも人びとは職場に向かったようである。

なぜ、そうまでして、人びとは職場に向かうのであろうか。

事件がおこったのは、三月二〇日であるので、多くの学校、特に、大学は春休みである。そのせいだろう、インタビューにこたえていた人のなかに学生はふくまれていない。(中に、私立の高校生が一人いるのだが。)

もし、この事件が一ヶ月おくれて、四月におこっていたら、多くの大学生が巻き込まれていたにちがいない。そして、その大学生の多くは、大学に出席することをめざして行動していただろう。

以上の二点が、インタビューにこたえた人が、どんな人であるのかについて、気になったところである。

それから、このインタビューは、まず、その被害者が、どのような人物であるか、その生いたちや仕事の紹介からはじまっている。これを読んでいくと、このインタビュー全体として、まさに、一九九五年の春のある日に、地下鉄に乗っていた人びとの人生を通じて(ただ、不幸なことに事件に遭遇してしまったということはあるにしても)、主に戦後日本の、あるは、東京とその近郊に住む人びとの、生活誌を語ることになっていることである。あるいは、そこに、戦後の日本の歴史の一つの側面を見てとることができるかもしれない。

地下鉄サリン事件をどのように、文学的想像力で物語とするか、ということはさておくとしても、上記のようなことが、読みながら心にのこったことである。

追記 2019-06-22
この続きは、
やまもも書斎記 2019年6月22日
『約束された場所で』村上春樹
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/06/22/9090285