『明暗』夏目漱石2019-07-25

2019-07-25 當山日出夫(とうやまひでお)

明暗

夏目漱石.『明暗』(新潮文庫).新潮社.1987(2019.改版)
https://www.shinchosha.co.jp/book/101019/

『草枕』の新潮文庫版を読んで、次に手にしたのが『明暗』である。

やまもも書斎記 2019年7月19日
『草枕』夏目漱石
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/07/19/9130514

何故『草枕』の次に『明暗』を読んでみたくなったのか……これまで何度か読み返している作品であるが……それは、おそらく『草枕』の対極に位置する作品が『明暗』であると感じたからである。

『明暗』を書いていた晩年の漱石は、小説の進行と同時に漢詩文の世界にひたっていたことは知られていることだろう。その漢詩文の世界をもっとも濃厚に感じるのが『草枕』である。あるいは、今『明暗』を読むとすると、そのときに感じるものは、漱石の描きたかった『明暗』の世界であると同時に、そのような小説を書きながら漢詩文にこころひかれていた作家のこころのうちへの共感のようなものであるのかもしれない。

このように思って、『明暗』を読んでみた。「漱石全集」は、二セット持っている。探せば、岩波文庫もあるはずである。が、ここは、割り切って新潮文庫の版で読んでみることにした。

これまで何度かこの作品は読んでいる。今回読みかえしてみて思ったことなど書くとすると次の二点ぐらいだろうか。

第一には、この小説にはほとんど自然描写が無いことである。主人公の津田の病院でのシーンから始まるこの小説を読んでいって、季節の風物の描写などが、皆無とはいわないまでも、かなり少ないと感じる。これは、『明暗』以前の小説には、多く季節の風物の描写が見られたことを考えてみると、意味のあることのように思われる。季節の風物の描写のかわりに、この小説は、ほぼ全編にわたって(といっても、未完におわっているのだが)、人間の心理描写になっている。作者、漱石は、この小説で、とことん登場人物の心理をえがこうとしたようだ。(だから、小説の執筆のかたわらで漢詩文の世界にひたりたくもなったのであろうと感じるところがある。)

そして、季節の風物、自然描写が登場するのが、小説の終わりになってからの温泉宿のところである。ひょっとすると、作者、漱石は、東京での登場人物の心理描写に終始することがいやになって、地方の温泉宿に小説の舞台を移したのかもしれない。

第二には、この小説の主人公は、津田であると思っているのだが、しかし、その妻のお延に視点を移した部分がかなり多い。『明暗』までの小説において、漱石の小説の語り口としては、視点人物は、基本的に一定である。『三四郎』は小川三四郎であるし、『猫』は吾輩である。少なくとも、章節のまとまりにおいては、基本的にゆるがないと思う。(これも、再度、その目で読み返してみないとはっきり言えないが。)

だが、『明暗』では、かなり自由に、津田とお延、この二人の人物において、叙述の視点が移動している。

そして、そのお延の部分を読んで感じることとしては、お延は、話相手によって、そのことばが変わっている、ということである。夫の津田と話すとき、津田の妹の秀子と話すとき、下女のお時と話すとき、それぞれに微妙にことばづかいが変わっている。

このようなことばづかいの変化を、現代の日本語学の用語、概念でいうならば、「役割語」ということになる。

以上の二点が、今回、何度目になるか忘れてしまったが、『明暗』を再読してみて思ったことなどである。『草枕』『明暗』と読んでみて、さらに漱石の他の作品も、再読しておきたくなっている。岩波の「全集」もあるのだが、新潮文庫版のテキストで読んでみておくのもいいかという気がしている。

追記 2019-08-23
この続きは、
やまもも書斎記 2019年8月23日
『硝子戸の中』夏目漱石
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/08/23/9144415

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
このブログの名称の平仮名4文字を記入してください。

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/07/25/9133086/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。