『菜穂子』堀辰雄2019-08-12

2019-08-12 當山日出夫(とうやまひでお)

菜穂子

堀辰雄.『菜穂子』(岩波文庫).岩波書店.1973
https://www.iwanami.co.jp/book/b249340.html

続きである。
やまもも書斎記 2019年8月8日
「信濃路」堀辰雄
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/08/08/9138680

『菜穂子』は、堀辰雄の文学では、その後期、晩年の代表作とされるものである。若いときに読んだだろうか。今では、もう忘れてしまっている。岩波文庫版を古本で買って読んでみることにした。

高原のサナトリウムでの療養生活を描いた小説である。この意味では、『風立ちぬ』に通じるところがある。しかし、小説としては、『菜穂子』の方が、より複雑である。登場人物も多い(といっても、ほんの数人なのではあるが)。読んでいて、ちょっと人物関係がわからなくなったりするところもある。

だが、高原のサナトリウムの描写は詩的である。そして、菜穂子という登場人物が、どことなく影が薄いような印象があるものの、しっかりとした核をもった存在としてある。この作品も、〈生〉と〈死〉、そして、〈愛〉を描いている。

おそらく、『菜穂子』は、日本の近代における、〈生〉と〈死〉を詩情をこめて描いた佳品として、読まれ続けていくのではないだろうか。堀辰雄の文学が何をめざしていたのか、その一つの形が『菜穂子』という作品に読み取れるのだろうと思う。

読後感として残るのは、菜穂子という女性の、芯のある存在感である。

堀辰雄は、今ではもうあまり読まれない小説家になってしまっているようだ。これは、もったいないと思う。探してみると、堀辰雄の作品のいくつかは、かなり安価で買えるようだ。つづけて、読んでいってみたいと思っている。