『佐武と市捕物控 愛憎と綾の巻』石ノ森章太郎2019-08-16

2019-08-16 當山日出夫(とうやまひでお)

佐武と市(3)

石ノ森章太郎.『佐武と市捕物控 愛憎の綾の巻』(ちくま文庫).筑摩書房.2019
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480436139/

続きである。
やまもも書斎記 7月23日
『佐武と市捕物控 杖と十手の巻』石ノ森章太郎
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/07/23/9132261

ちくま文庫の「佐武と市」シリーズは、この三巻目までである。振り返って見るならば、第一巻は江戸情緒を描き、第二巻は市の剣術と心のうちをえがいてきた。第三巻目になると、男女の性愛をあつかった作品をあつめてある。

解説(中野晴行)によると、この作品の発表された当時、少年漫画雑誌において、男女の恋の物語を描くことはなかった。青年向けの「ビッグコミック」において、ようやくこの分野が開拓されることになる。そのさきがけとでもいうべき位置をしめるのが、ここに集められた「佐武と市」シリーズのいくつかの作品ということになるらしい。

そう思ってみるならば、私が子どものころに読んだ漫画雑誌などにおいて、男女の性のことが描かれていたということはないように記憶する。

ところで、この第三巻を読んで思うことであるが……この巻になって、いわゆる「捕物帖」というべきジャンルの作品としても、非常によくできているという印象を持つ。これは、私が、ミステリ好きということもあって、そのような目で読んでしまっているせいかもしれない。が、タイトルに「捕物控」とある以上は、なにがしか、「捕物帖」を意識していることはたしかだろう。それが、男女の心の綾を描くときに、背後にある事件の謎として、浮かび上がってくる。

私は、漫画、その歴史についての知識がない。とはいえ、この「佐武と市」シリーズは、日本の漫画史において、さまざまな新機軸を出しているらしいことは理解される。その作品の描くテーマであるし、また、それを表現する視覚表現の技術についてでもある。

この「佐武と市」シリーズは、時代を見るならば、ほぼ半世紀前の作品になる。しかし、今、それを読んでみても、いささかも古びた印象がない。それだけ、石ノ森章太郎の作品への意欲と技術が突出していたということになるのだろう。これらの作品は、これからも、読まれていってほしいものである。